恐怖と不安の脳科学

 恐怖も不安も五感からの情報が、直接、または大脳新皮質で処理された後、扁桃体と海馬中隔系に送られて、情動評価されて生じます。

 恐怖は扁桃体で評価された情報は脳幹、視床下部、中心灰白質に送られて表出(具体的な反応の形式)されます。不安は情報が扁桃体で評価されると同時に、海馬で大脳新皮質内の記憶と比較されて、海馬中隔系で評価されて、その情報は視床下部、中心灰白質に送られて、行動抑制(行動の表出を抑制)を生じます。それ故に、脳内での情報処理される経路が、恐怖と不安では非常に似ています。不安とは、嫌悪刺激が加わっても、恐怖の行動が現れない場合(刺激が弱いという意味ではなくて、刺激が恐怖を予想させる何か別の形の信号であるという意味)と考えて良いと思います。

 自然界では不必要な恐怖行動(回避行動を生じる)行わないと言う合理的な反応(危険が去るのを待つ)と考えられます。自然界では恐怖や不安を生じる刺激は生じても、時間とともに消失します。ところが人間の社会では不安を生じる刺激が無くならないのでかえって不合理な反応の様に思われます。不安が解消しないと不安状態の継続(所謂不安症)や鬱状態(所謂鬱病)として理解されてしまいます。不安の解消法は、不安刺激を避ける、または不安刺激を不安刺激ではないと認知する神経回路を作ることです。

 扁桃体、海馬中隔系を調節する事ができるのが前頭葉です。この両者は側頭葉を介して密接な神経連絡があります。大人では新たに神経回路を作ることで恐怖や不安を抑制することができます。

 恐怖や不安で重要な訳を果たすのが脳幹の青班、縫線核です。青班からのノルアドレナリン系の神経終末は大脳全体に存在しており、それは雑多な刺激に対する反応を抑えて、注目されている刺激に対して閾値を下げて敏感にしています。セロトニン系の神経終末も同様だと言われています。これが不安時の心理状態を作っています。所謂不安症、神経症の状態です。この不安が続くと、これらの神経終末の伝達物質が枯渇してシナップス間隙に不足してくると鬱状態になります。この不足は大脳辺縁系から生じるようになり、神経症的な鬱状態を作ります。それが脳全体に及ぶと精神病的な鬱状態を作ります。

 ここまでは既に脳科学で解明された事実です。この脳科学的な事実で問題点が一つあります。それは何も原因がないのに、なぜ不安が続くかという疑問です。つまり恐怖も不安も体外の刺激に反応して生じる物なのに、それが無くても不安状態が続いているという理由です。それが私が示している条件刺激です。ある恐怖体験をしたときに、同時にその周囲にある物を恐怖の条件刺激、または不安を生じるサインとして学習しているという事実です。例えば登校拒否で言うなら、学校や先生、教室、教科書などを恐怖の条件刺激として、不安を生じるサインとして学習しているという事実です。登校拒否ではこの事実は認められています。しかしそれ以外の恐怖や不安に関しては、医者は認めようとしません。恐怖や不安で苦しむ人だけが学習した条件刺激を、医者や周囲の人は理解できないからです。逆に苦しむ人を病気として薬で押さえつけようとしています。

 所謂精神疾患と言われている人の脳を含めて体内に、それを生じると考えられる原因は見つかっていません。これから見つからないと言う証拠はありませんが、類人猿などの研究結果からもありそうもありません。回避できない恐怖や不安の刺激、それは他の人には恐怖や不安の原因となるとは理解できない刺激で、人がいろいろな症状を出すことは、脳科学から既に説明可能です。そしてそれに基づいての対応(病気でないから治療ではない)がそれを証明しています。

 恐怖や不安を生じる刺激は体外にあります。また、その刺激の概念は大脳新皮質内にありますが、その概念を意識することは、脳科学で言うトップダウンという仕組みで、まるでそれを経験しているかのような情報を扁桃体や海馬中隔系に送り、恐怖や不安を生じます。それは人間に特有な物であり、PETの研究から分かってきています。

 人間と他の動物との差を際だたせているのが大脳新皮質です。大脳辺縁系や中脳、脳幹は程度の差はあってもほ乳類でほぼ共通です。そのほ乳類、特に類人猿では、大脳辺縁系以下の脳に病変を作って所謂神経症や鬱病の状態を作ることはできていません。実験動物を作ることができていません。それ故に精神疾患とは、大脳辺縁系以下に病変が存在しないあろうと推定されます(機能的な変化は生じていますが)。大脳新皮質については動物実験ができないので、人間の脳で調べるしかありません。現在の研究法はPETと脳内に何らかの病変を持った人でのその行動や反応の研究です。今のところ認知の仕方の変化による恐怖や不安への影響は見られていますが、所謂不安症や鬱病の原因としての役割は見つかっていません。これらを総合すると所謂不安症や鬱病の内因説の可能性は現在の所極めて低いことになります。

 大人に関しての話です。人間が恐怖を受けることはやむを得ませんが、繰り返し同じ恐怖を受けないことです。不安は長く続かないことです。恐怖も不安もそれを生じる刺激に対する閾値を下げるので、より恐怖や不安を生じやすくさせます。それ故に原則として恐怖や不安で苦しんでいる人には、少しでも恐怖や不安を軽減する対応が必要です。ところが動物には鍛え上げ現象というものがあります。例えば高所恐怖症の人をわざと高いところに連れて行きその恐怖に慣れさせることです。ただ、これは単一の恐怖や不安刺激には効果的ですが、二つ以上の恐怖や不安刺激(単一だと思われても、認識していない条件刺激の存在がある場合)には、効果を示しません。それ故に安易に鍛え上げ現象を応用する対応はつつしま無ければなりません。また、これらの大脳新皮質の機能を用いた恐怖、不安の解消法は、子供には当てはまらないことも注意しなければなりません。

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