子どもの立場からの登校拒否、不登校、いじめ、引きこもりについてQ and A version 4
{3。 いじめ、いじめられ }(4)いじめへの対応
「いじめへの対応はどうすればよいでしょうか?」 目次へ戻る
”いじめは絶対に悪い、根絶しなければならい。”という意見を良く耳にします。今までいじめに対していろいろと議論されてきているのに、どうしていじめによる自殺者までがでているのでしょうか?その原因の一番は、全ての対策が大人の立場からなされているからです。いじめたり、いじめられたりしている子ども達の立場からなされていないからです。形だけの対策であったり、見かけ上の姿勢だけだったりしているのです。
いじめを無くそうとする努力はとても大切です。けれど、いじめは子どもの遊びの一部から始まる限り根絶は不可能ですが、死に追い込むようないじめや、心に癒すことのできない心の傷を作るいじめは無くさなければなりません。そのためには子どもの立場から考えた現在の教育システムの改革が必要です。「まずは、できるところからでも良いのではないでしょうか?」を参照。
「子どもがいじめられているのに気づきました」 目次へ戻る
現実的ないじめに対する一番良い対応法は、いじめられている子どもをいじめの場、多くは学校から隔離することです。隔離できる場所は家庭です。しかし、多くの親や先生は、いじめる子どもを処罰して、力でいじめをさせないようにしようとします。その場合、力の及ぶところではいじめは収まりますが、力の及ばないところでいじめはかえって酷くなったり、陰湿になったります。
「親も子どもが見えていないとはどういうことですか?」 目次へ戻る
一般に、登校拒否では親は子どもを無理に学校へ行かせようとしています。それは子どもは学校へ行くものとの親の常識を、子どもに押し付けているのです。親という立場から子どもを見るため、子どもが苦しんでいることを感じ取れないのです。子どもの感じている辛さが解らないのです。いじめられについても、親は子どもは学校へ行くものという親の常識を、子どもに押し付けて、学校へ子どもを押しだしますから、子どもは余計にいじめを受けることになります。そればかりか、子どもが学校へ行っているだけで親は安心をしてしまうため、子どもがいじめを受けていることに気づくことが遅れてしまいます。
子どもが登校拒否やいじめを受けていると親が気づいたときにも、親は子どもに学校を休ませてやろうとは考えません。「負けるな、頑張れ」と応援をし続けます。しかしこれは一見応援のように見えますが、実際はハンマーで子どもの頭を殴り続けているのと同じなのです。八方塞がりの子どもにとって身内の応援ほど辛い物は有りません。頑張れるだけ頑張って、それでも頑張れと言われても、子どもはどうしようもありません。自己否定につながります。
親から見れば遊んでばかりいるように見える子どもたちですが、子どもの世界の中でその子なりに皆一生懸命生きています。その生き方は時代によって異なります。親や大人達からはそのように見えなくても、それぞれの子どもは目一杯その子なりに生きています。その子どもなりに一生懸命生きている子どもを認めてやってください。話を良く聞いてやってください。そうすればその子なりに精一杯感じて、考えて、生きていることが解ると思います。もし解らないようでしたら、それは親がまだ子どもの言葉に十分耳を貸していないためだと思います。
親は子どもが学校に行っているとどうしても安心をしてしまいます。親は子どもが学校に行っている間は、全て学校に任せっぱなしです。学校から帰ってきたら、今度は塾に任せっぱなしです。子どもが家にいれば、自分たちの都合で子どもを動かそうとしています。それでいて親として一生懸命子育てをしている積もりですですから、子育て(平凡な人の子育てとは、子どもが何かをできるようになるのを待ってやることです。天才を、特殊な才能を育てることと混同しないでください!)を放棄していることに気が付きません。それは日本国内の風潮です。やむをえないのかも知れませんが、もう少し子どもの心に目をやるようにする必要があります。親は子どもが学校に行って安心をしているときに、学校に行くと辛くなる子ども達、学校に行きたくないと感じる子ども達の中には、学校内でいじめを行ったり、学校内外で非行を行い、自分の存在や苦しさを訴える子どもが出てきます。
「いじめによる自殺を防ぐにはどうすればよいでしょうか?」 目次へ戻る
いじめを受けた子どもは両親に何も告げずに、一人隠れて死んで行く場合少なからずあります。この様な子どもは、なぜいじめで辛くて死にたいと両親に話さなかったのでしょうか?いじめを受けた子どもの両親は学校などへの対応は取っていますが、いじめを受けて苦しんでいる子どもの気持ちに対する対応なされていなかったようです。いじめられている子どもが自分の苦しみを全て吐き出せるような親の対応が有れば、子どもはきっと死を選ばなかった思います。確かにいじめが無ければ、子どもは自殺をしなかったでしょう。友達からも、先生からも傷つけられて、両親からも追いつめられて、自分の居場所が地球上に見つからなかったため、「もっと生きたかったけど・・・」との言葉を残して、最後の安住の地を求めて死を選んだ子どもも多いと思います。
いじめによる自殺は発作的に行う場合が多いです。発作的に行う自殺は、いじめなどの嫌なことを回避する、回避行動です。前述の心が辛くて自傷行為の際に自殺するのと異なります。辛い経験を回避する場所がないとき、逃げ出す場所がないとき、子どもは発作的に死を選びます。その際に死の意味を考えていません。好きこのんで死を選んだのではありません。唯一残された行き場所だというだけです。発作的に死を選んでいますから、遺書がない場合もあります。
いじめられて苦しんでいる子どもに死ぬなと言っても意味がありません。子どもは辛くなる場所に出向くときに、発作的に回避行動として死を選んでいますから。いじめによる自殺を防ぐには、子どもが逃げ出せる場所を与えてあげることです。いくら友達や、先生が、子どもをいじめても、親がしっかりと子どもを自分の家の中に保護して、守ってあげれば、子どもは決して自殺はしません。
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