子どもの立場からの登校拒否、不登校、いじめ、引きこもりについてQ and A version 4
{ 一般的な質問 } (A)子どもについて

子どもとは?」  目次へ戻る
 子どもが大人と違うところを考えてみます。子どもは体も心(脳)も成長期にあります。成長とは物理的な体積の増加の他に、機能的な成熟を含みます。子どもは弱い立場にあります。それ故に大人の保護が必要です。子どもが社会性を得るためには、子どもが信頼できる大人が必要です。安全な場所が必要です。ここで述べている子どもとは、生まれ落ちてから親から独立するまでを指しています。経験的に25才ぐらいまでを考えて下さい。

子どもの心の成長とは?」  目次へ戻る
 心の成長とは学習と自らの経験による学習結果の調整です。学習には学校で行う勉強や自分自身で経験したことが含まれます。既に学習した事柄を新たに経験して、学習内容を調整して、自分の心に組込みます。子どもにはいろいろな経験、成功と失敗とが必須です。子どもの内は失敗は許されなければなりません。失敗することで、学習内容が子どもなりに再構築されて、しっかりと身につきます(強化)。失敗しなかった場合には、学習内容がただ単に経験による強化だけです。

子どもの本心とは?」  目次へ戻る
 不登校の子どもが学校へ行きたいと言ったとき、それは子どもの知識として学校へ行きたいと言っただけで、又は、親の気持ちを感じ取って、親に向かって言っただけで、それは子どもが学校へ行きたがっているのではありません。
 人の心には意識できる思考の心又は意識の心(意識的に刺激や知識を処理して新しい情報を作る心)、習慣の心(繰り返すことで獲得した記憶に基づく心。普段は意識に登らないが、必要なときには意識に登らせられる。無意識に行う生活習慣などがこれに相当する)と、意識に上らない、潜在意識の、生命に密着した、感じる心又は情動の心(外からの刺激に無意識に反応する。意識に登らせられない)があります。多くの大人は思考の心と習慣の心で行動をしますが、子どもの行動の大半は習慣の心と感じる心で行動します。子どもが思考の心で行動できるのは特殊な場合、本当に感じる心が安定している場合です。子どもの本心とはこの生命に密着した感じる心のことを指します。子どもはこの感じる心に逆らって行動はできません。不登校の子どもはこの感じる心で登校又は学校に関する物を拒否しています。登校刺激をすると、いろいろな生命に関連した症状が出てきます。不登校の子どもは、その本心で学校を拒否しています。

言葉は子どもの本心を表している?」  目次へ戻る
 子どもの言葉をそのまま子どもの本心だと理解すると、とんでもない間違いになります。子どもは大人とは違う。子どもの言葉はあくまでもその子どもなりの知識(習慣の心の表現)であり、大人になればその言葉通りに行動できますが、子どもは感じる心(情動の心)=本心で行動するので、言葉通りの行動はできない場合があります。

子どもの心と大人の心の違いは?」  目次へ戻る
 乳幼児は情動の心だけで反応します。思春期までの子どもは情動の心と習慣の心で反応します。年齢が進めば進むほど習慣の心の割合が多くなります。情動の心が落ち着いているときだけ思考の心が働くことがあります。子どもの言葉は習慣の心の表現だと考えて下さい。
 思春期を越えると思考の心が働きだします。しかし20歳代の半ばまでは十分に思考の心が機能しません。まだ、情動の心と習慣の心で反応していると考えた方が間違いがないようです。
 20歳代の半ばを越えると思考の心が情動の心を完全に支配して、情動の心の存在が目立たなくなります。思考の心と習慣の心とで反応していると考えて間違い有りません。

情動と感情の違いは?」  目次へ戻る
 情動とは、外からの刺激に反射的に反応していろいろな神経症状、精神症状を出す反応の仕方です。非常に単純な反応の仕方は反射と呼んでいます。その情動の反応の仕方を意識の心で認識したときには、それを感情と言います。感情が確立するには、思考力の発達が伴わなければなりません。情動経験をして、その記憶を作り、以後それと同じ情動経験をしたときに、それを有る感情だと判断できるようにならなければなりません。子どもでは、感情を伴わない情動で反応する場合を考えなければなりません。
 子どもは母親又は母親と認識する人がいなければ情動の心は成長しません。時には身体的な成長も阻害されます。成長しても社会生活ができなくなります。人間の場合、3才ぐらいまでの子どもと母親との関係が、その後の子どもの心の方向性(性格)を決定しやすいことが、観察からも、脳の成長からも言えます。ただ、人間の場合、心が傷ついていなければ、その後の学習でその人の性格も変えられます。生活環境でその人の心が変化します。人間の場合、後天的な要素も大きいです。

子どもの本当の心を理解するには?」  目次へ戻る
 子どもの本当の心である情動の心は、加えられた刺激に素直に反応をしているだけです。反応の仕方には、その刺激を求めようとする反応の仕方=接近系(喜びに相当)、その刺激から逃げようとする反応の仕方=回避系(嫌な、恐怖、不安に相当)、全く反応しない仕方とあります。受けている刺激が何かは、何に反応するかで解ります。反応している刺激がその時受けている刺激です。どのような形で反応するかは、その子どもの本能、学習した結果(これらを総合して性格という)によります。これらの子どもの心には理屈はありません。その子ども特有の単純な反応の仕方です。
 多くの人は子どもの心を理解するために、大人と同じ様ないろいろな理由をあげて分析します。それは子どもの心に関して全く意味が無いばかりか、害になります。特に母親はあらゆる常識や理屈を捨てて、ありのままの子どもの反応を認め、素直に子どもの心に共感する必要があります。

なぜ心理学的に考えてはいけないのですか?」  目次へ戻る
 現在の心理学は大人の心を観察して導き出されています。子どもの心は大人の心と異なっています。現在の心理学は子どもには当てはまりません。それを子どもの心に当てはめたら間違いになります。子どもの心は子どもから学ばなければなりません。子どもが教科書であり、子どもの出す答えが正解です。大人が予想した答えと子どもの出した答えが違っている場合には大人が間違っています。大人は素直に子どもの答えを受け入れなければなりません。

なぜ子どもの行動を、大人のように分析する必要がないのですか?」  目次へ戻る
 子どもはよほど情動が安定しているとき以外では、思考の心は働いていません。意識的な行動はないと考えて実際上問題がありません。子どもは外から加わった刺激に思考の心から、情動の心から、即座に反応して行動しています。子どもに加わった刺激との関係で子どもの行動を理解しようとするのでしたらそれは正しい分析法ですが、大人で行うような心理分析は当てはまりません。

なぜ子どもにがんばれとか、負けるなとか激励してはいけないの?」  目次へ戻る
 登校拒否、不登校、引きこもりの状態の子どもは、心の傷の疼きに耐えながら、精一杯生きています。それ以上がんばることができません。親や周囲の大人から見たら、もっと努力できそう(強者の理論)に見えるかもしれませんが、既にそれができない(弱者の理論)子どもです。

共感と同情の違いは?」  目次へ戻る
 共感とは自分の情動で相手の情動を受けとめることです。同情とは自分の知識で相手の情動を推定することです。機能する心が違います。共感は情動の相互作用になりますが、同情は一方的な判断になります。自分の知識に基づいて相手と同一の情動を表現できるなら、同情と共感とは同一の物になります。

3歳児神話は本当ですか?」  目次へ戻る
 赤ちゃんが人間として出発するためには、母親に抱かれた赤ちゃんと、母親とのコミュニケーションが大きな役割を持っています。今までの赤ちゃんの観察から、子どもの性格形成は赤ちゃんの母親に対する共感と言う形で形成されているようです。
 1。新生児期・・・遺伝的、本能的情動反応
 2。乳幼児期・・・生得的な情動で母親の情動を取り込み、自分の性格を形成
 3。第一反抗期・・できあがった自分の性格で行動。親が気づく子どもの性格
 赤ちゃんも母親の顔や表情を区別しています。赤ちゃんは生まれ落ちてから、母親とのスキンシップの中で、母親の表情や声から親の反応様式を学んでいきます。母親の顔や声を通して母親の性格を取り入れています。赤ちゃんが成長して、いわゆる第一反抗期迄の間に、自己の情動を確立します。そのために、母親の感情表現はとても大切な役割を果たします。母親との語らい、つきあいの中で、人間としての情動を赤ちゃんは確立して行きますが、母親が絶えず側に居る必要は有りません。
 世界の2カ所で野生人が見つかっています。狼に育てられた子どもです。見つかってから、人々はその子どもを人間社会に戻そうと努力しましたが、その子どもは不適応を起こして死んでしまいました。赤ちゃんの時の情動が人間を狼にしていました。それほど母親と赤ちゃんとのふれあいは、人間の一生を規定しています。人間の赤ちゃんを人間らしく育てるには、人間の母親である必要が有ります。母親によらない子育ては、赤ちゃんの情動の発達に好ましくない影響を与えます。可能な限り母親が子育てをする事が子どもの情動の発達、性格形成と言う面では一番良いです。ただ人間の場合、かなりの能力に可塑性があります。情動が成立した以後でも性格を変えられます。しかしそれは易しいことではありませんから、この情動が確立するまでの間の母親との触れ合いを大切にする必要があります。

エネルギー、心の疲れとは何ですか?」  目次へ戻る
 子どもの様子を表現するのに、エネルギーがあるとか、ないとかという表現をします。この場合のエネルギーとは活力とか、意欲とかという言葉に置き換えられます。
 心の疲れとは、不安から行動に抑制がかかり、軽い鬱状態になっている状態です。不安を生じるストレスを取り除くと、子どもは直ぐに元気になります。外的なストレスが取れても、記憶に残ったストレスは、思い出す度に子どもに不安を生じます。ストレスを取り除くとは、外的なストレスを取り除くだけでなく、ストレスの記憶を思い出させないようにする必要があります。

安全な場所とは何ですか?」  目次へ戻る
 子どもの心にできた傷を癒すためには、子どもは安全な場所で生活をする必要があります。大けがをしたときに病院に入院するのと同じように考えられます。安全な場所とは、子どもの全てが無条件で認められて、子どもの必要な物が全て認められて、子どもが責められない場所です。多くの場合が母親の側です。母親の側に安全な場所が無ければ、子どもが信頼できる大人の周囲に作るしかありません。安全な場所がなければ、子どもはいろいろな神経症状、精神症状や不適応行動をとります。また、子どもがいろいろな神経症状や精神症状を出したり、不適応行動をとったとき、この子どもには安全な場所が無いと考えられます。

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