子どもの立場からの登校拒否、不登校、いじめ、引きこもりについてQ and A version 4

{2。 登校拒否、不登校、引きこもり }(4)子ども自身について

学校へ行き渋る子どもを学校へ連れていくと楽しく過ごすのは?」  目次へ戻る
 子どもの心が疼いているのですが、その心の疼きを学校生活を一生懸命する事で疼きを押さえている子どもがいます。先生に誉められるようなことをする、楽しそうに振る舞う等です。言葉でも楽しいと言います。けれど心の傷が有ることには変わり有りません。学校で癒されているわけでもありません。辛い刺激に反応しやすい事も変わり有りません。その結果学校で精一杯良い子を演じている間に新たな心の傷を受けて、最終的には全く動けなくなってしまいます。

子どもが朝なかなか起きてきません。」  目次へ戻る
 子どもが朝なかなか起きてこないとき。起きてきてもなかなか学校へ行く準備ができないことが繰り返すとき、この時点で既にその子どもは登校拒否の状態にあると考えられます。前日夜更かしたためと親は理解しがちですが、子どもが本当に学校へ行きたいなら、それでも朝起きてきて学校へ行きます。前日夜更かしが続くこと自体が既に登校拒否の状態と考えられます。

子どもが不登校になりました。」  目次へ戻る
 子どもの心の傷が強く疼いて学校を拒否して学校へ行けなくなっています。親としては学校へ行って欲しいでしょうが、親の気持ちを抑えてください。学校と関係している限り心の傷が疼き続けます。学校とは縁を切って、学校に行かないで成長する生き方を選ばしてあげてください。学校へ行かなくても一人前の生命力の強い大人になれます。学校へ行かない生き方をしている内に心の傷が癒えると、子どもは学校へ戻る場合もあります。
 小学生の低学年ですと、学校と関係しない生き方をしているだけで学校へ戻れる場合があります。高学年ですと、多くの子どもは義務教育が終わるまで家の中に閉じこもりがちになります。中学生からの不登校は心の傷が深い場合が多いので、対応は大変に難しくなります。
 不登校状態の子どもに登校刺激をしていると、子どもの心の傷は癒えません。親に対しても心を傷つけて、その対応は大変に難しいことになります。親子共に大変に可哀想なことになります。

不登校の子どもが友達を欲しがります。」  目次へ戻る
 不登校の子どもは友達と遊べないか、遊んでもその後とても辛い状態になります。不登校の子どもが友達と遊びたいという場合には、親の気持ちを汲んで習慣の心から言っている場合と、友達と遊ぼうとするエネルギーを持ち合わせている場合があります。子どもが親の気持ちを汲んで言っている場合には、親がありのままの子どもを認めるような努力が必要です。友達と遊ぼうとするエネルギーを持ち合わせている場合には、親が親の気持ちを捨てて、子どもの友達になるとよいです。ペットも子どもの友達として良い効果があります。特に大型犬は人の心を感じ取りますから、子どもの友達の役目として良い効果があります。

模範的な子どもが突然不登校になるのはなぜ?」  目次へ戻る
 ストレスへの回避行動として誉められるような行動を取ることが有ります。登校拒否の子どもの内で、学校へ行くまでは行き渋っていたのに、学校へ行ったら生真面目で、模範生の行動を取ることがあります。そのために先生達は子どもをべた誉めして、子どもが学校を嫌がっているとは考えません。無理矢理に学校へ来させさえすれば大丈夫だと考えます。しかし、子どもは模範生のように振る舞いながら、心の傷を深めていきます。時には万引きや酷いいじめを行う場合も有ります。それが発覚したときに、どうしてこんな良い子がこんな事をするのだろうかと、先生や親が吃驚することが有ります。
 この事実は逆の見方も大切です。子どもが学校で模範生のような良い子であるとき、大人はこの子どもが本質的に模範生のように良い子どもなのか、それとも模範生のような良い子を演じているのか、どちらなのだろうかと考える必要があります。ただ現在、本質的に模範生のような良い子どもは殆どいません。確かに殆どの子どもは良い子です。けれど、子どもにとってこれだけストレスの多い時代ですから、本質的に模範生のような良い子は殆どいないと思った方が間違いがありません。ですから、模範生のような良い子がいたなら、それはストレスからそれほど良い子どもを演じていると考えたほうがよいです。また、そのようにして間違っても、実害はないようです。

登校拒否の子どもは優しいと言われています。」  目次へ戻る
 登校拒否、不登校、引きこもりをしている子どもは一般にとても優しいです。母親の気持ちを感じ取っています。余裕のある子どもは母親のためにいろいろなことをします。けれど母親は、学校へ行って欲しいと思う自分の気持ちに反して、登校しない子どもを疑っています。疑って子どもを責めたときには、子どもはますます母親の思いからかけ離れた行動をしたり、状態になったりします。その結果、母親はますます子どもを疑うようになります。それは子どもを大変に苦しめます。けれど、何かの折りに、本当に優しい子どもの母親への態度を見かけることが有ります。
 登校拒否、不登校、引きこもりの子どもは優しいと言いました。ところが実際は、どの子どももその母親にはとても優しいです。非行を行う子どもも、暴力を行う子どもも、本当は自分の母親にはとても優しいのです。とても優しいのですが、子どもを信頼しない親から辛い思いをさせられて、優しくできないだけです。しかし、親からの辛い思いが無くなると、子どもは本当に優しくなります。

親が大切か、子どもが大切かと、子どもが言います。」  目次へ戻る
 祖父母の誰かが病気で手がかるとき、登校拒否、不登校、引きこもりの子どもの親は大変に辛い物です。親に手を掛けていると、子どもは嫌がる場合をしばしば経験します。時には「おばあちゃんが大切なの、私の方が大切なの」と、親に言うことがあります。子どもとして自分の親を大切に思う立場と、親として苦しんでいる自分の子どもを大切に思う立場との間に、親は揺れ動くものです。その親の姿に、子どもは怒りを感じています。
 子どもがこの様な質問をするときは、子どもが辛くて辛くて、母親に助けを求めているときです。その助けが得られているときには、このような質問をしません。質問をするときには子どもは母親から助けを得られていなくて不満を感じているときです。そのようなときには、子どもは自分を後回しにして、自分の親を優先する親を許せないのです。子どもは自分を第一に支えようとしている母親を求めています。「あなたが一番大切よ。」と言う答えを求めています。その答えを得られたら、子どもは納得して心が楽になります。ここで知って欲しいことは、子どもは親が祖父母を大切に思う気持ちをちゃんと知っている事実です。知っていますから、自分が納得すると今まで通り親が祖父母の面倒を見ることを許可してくれます。

学校に行かないで成長する事は可能ですか?」  目次へ戻る
 子どもには心身共に成長する権利があります。それは動物としての摂理です。学校は人為的に作られた物です。子どもの体と心の成長を助けるためにできた物です。学校が子どもの体と心の成長に役立たなければ、子どもは学校を拒否して、学校に行かないで、体と心の成長をさせる権利があります。学校が子どもの心身の成長に役立つか害を与えるかの判断は子ども自身がすることです。子どもは情動でそれを判断します。子どもが情動で学校を拒否して成長しようとするなら、大人はそれを認め、子どもが学校に行かないで成長することを保証し、支える義務があります。


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