物質的に豊かな社会と多様性のある子供

 子供数の減少にも関わらず、登校拒否の子供の数は増え続けています。子供達のいじめや非行も依然として続いています。子供の凶悪な犯罪も起こって、政府を中心として心の教育が叫ばれています。いろいろな人から「最近の子供達は我慢ができない、とてもひ弱だ」と言われています。学校の先生達からも、「宇宙人のような感じの子供がいる」との言葉が聞こえます。これらの事は、今の学校の仕組みに合わない子供達が増えてきていることを示しています。以前とは違って、いろいろな性格の子供が増えてきていることを示しています。

 それらの原因として、親の躾が行き届いていないことや、親がわがままに子供を育てていること等があげられています。そのために心の教育や、就学前の躾が問題にされだしています。本当にそうでしょうか?私は型にはまった心の教育や、就学前の躾がかえって事を悪くするのではないかと考えています。その理由は、多様性のある子供が生まれるのは、豊かな物質社会のためではないかと考えているからです。この「物質的に豊かな社会と多様性のある子供」の関係に気づいている人もすでにいるようですが、その理由をはっきりと述べている人はいないと思います。

 「物質的に豊かな社会と多様性のある子供」の関係の根拠はAdelman & Maalsch 以後 Wager、Daly らの欲求不満性無報酬の実験にあると思います。つまり欲求性無報酬は罰の効果があると言う動物実験です。欲求性無報酬とはある欲求に対してそれが満たされ続けていた時に、突然その欲求が満たされなくなったとき、それは罰を受けたと同じ様な事が脳内で生じると言う意味です。お小遣いに例を取ってみます。毎月1000円の小遣いをもらい続けていた子供が、ある月突然お小遣いを貰えなくなったとき、子供は殴られたと同じ様な効果が心(大脳辺縁系=感じる心)に生じると言う意味です。

 子育てを考えてみます。物質的に豊かな社会では子供が生まれ落ちたときから、両親や其の周囲の人は、子供にいろいろな物を与えてきています。食べ物、衣類、おもちゃ、そして思いやり(私は愛情とは言えないと思うのです)などです。子供の数が少ないだけ、余計に大切に子供を育てます。集中的に物や思いやりを与え続けています。子供は当然の事として、これらの事を受け入れて続けています。ところが大きくなるにしたがって、いろいろと制限を受けてきます。その主なものが躾です。それから幼稚園や学校に置ける制約があります。それらが子供達の物や人に依存し続けていた心に、欲求不満性無報酬の状態を作ります。心に大きな恐怖を生じさせ、心に傷を作り、性格を曲げて、多様性のある子供を作っています。

 ある人に裏切られた時を考えてみて下さい。人は誰でも裏切られたとき激しい怒りを感じます。こんな当り前の事を、と言われるかも知れませんが、脳科学的には、その裏切った相手に、裏切られた人は激しい恐怖を感じていることになります。恐怖ですから、逃げだしたり、攻撃したりします。怒りは攻撃する動機づけ、すなわち恐怖そのもの(人間については、一般に怒りと恐怖とは別の感情として考えられていますが、脳内で起こっている反応は恐怖そのもの)です。

 当然怒りの程度は、その依存度によります。依存度が高ければ高いほど、怒りも大きくなります。そのことも動物実験から示せます。ただ、人間の大人では、前頭葉の思考が、思考の脳が、大脳辺縁系、感じる脳の怒りを調節できますから、必ずしも依存度と怒りとの関係は比例しません。ところが子供は思考の脳で感じる脳を調節できません。そこで子供は怒りを表わします。すると親は子供を叱ることで子供の怒りを押さえつけます。躾と言う名目で、当然の事として子供を叱ることは、それは子供に恐怖を与え、其の恐怖で怒りの反射を押さえつけるのです。当然、その結果親が子供に与えた恐怖は、欲求不満性無報酬から受けた怒り=恐怖よりもはるかに大きな恐怖になっています。しかしこの際に、親は良いことをしたとして、子供に与えた恐怖は親の記憶に残りません。親は極普通に、常識的に子育てをしていると考えていますが、子供には大きな恐怖になっています。子供には恐怖を感じる子育てになっています。

 人を含めて、ほとんどの動物は恐怖を感じた際に、恐怖の条件反射を学習します。その学習した恐怖の条件反射の条件刺激は、人の場合一般の人には特に意味の無い刺激です。その条件刺激に出くわしたとき、動物は思わぬ恐怖の行動を取ります。それと同じ事が、子育ての際に子供達が学習しています。それは心の傷と表現される物です。心の傷は恐怖の条件反射です。その恐怖の条件刺激に注目しなければ、気づかなければ、一般の人で言う、子供の性格の変化と言うことになります。恐怖の条件反射を持った子供、それは不適応行動を持った子供と言うことになります。つまり多様性のある子供とは、心が傷ついて、いろいろな不適応行動を持った子供と言うことになります。それは豊かな物質社会に生まれて育つ中で、人間社会の拘束で心を傷つけられた結果、主として不適応行動を示す多様性のある子供が生まれてきています。

 多様性のある子供が生じる原因のもう一つは、子供の選択の幅の広がりがあります。衣食住が満たされていると、その次の選択が可能になります。また、選択する分野も広く存在しています。親もそれを許す経済的な余裕が出てきていますし、また親も個性を伸ばすことを良いことと考えています。


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