ネズミと仲が良かった猫の話      須藤 透留

 

 ある大きなお屋敷に、老夫婦とお手伝いさんとが住んでいました。この老夫婦は子供の代わりに、いっぴきの猫を可愛がっていました。猫の名前はミュウと言いました。ミュウは一日の大半を老婦人の膝の上や、椅子の側で過ごしましたが、退屈になると屋敷の中の納屋に出かけました。そこには仲良しのネズミの兄弟ジャンとドンがいました。ジャンとドンは屋敷の中では嫌われ者でしたから、昼間は納屋の中で静かに寝ていて、夜になると食べ物を捜しに出歩いていました。

 ミュウはいつも自分の食べ残しを持って納屋を訪れましたから、ジャンとドンとはミュウをとても歓迎しました。ジャンとドンとはミュウの差入れをご馳走になりながら、屋敷の外で見聞きしたことをミュウに話して聞かせました。ミュウはこの話を聞くことをとても楽しみにしていました。ミュウは老婦人から屋敷の外へ行くことを許されていませんでしたから、ジャンとドンの話を聞きながら、屋敷の外の世界をあれこれと想像して、楽しく時間を過ごしていました。

 ある日の事でした。ミュウが納屋に行ってみると、ジャンだけが悲痛な顔をしてうつむいていました。

「ジャン、どうしたの?どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?ドンはどこにいるの?」

「ドンはきのう殺されっちまったよ。」

「え?本当?どうして?誰にころされたの?」「野良猫のやつらによう・・・。あれほど気をつけろて、言ってたのに。ドンたら、馬鹿なやつだよう。油断しやがって。」

「え?猫にですって?そんな悪い猫、私、許せないわ。奥様にお願いして、そんな悪い猫、やっつけて貰いましょうよ。」

ミュウはそういうと大急ぎで老婦人の所に帰りました。

 老婦人は窓辺の椅子に腰掛けて、編物をしていました。ミュウは老婦人の膝に飛び乗ると言いました。

「奥様、私の大切な友達のドンが野良猫に殺されてしまいましたのよ。こんな事、許されて?何と悪い猫なんでしょう。奥様、どうか野良猫を懲らしめて下さいませんこと?」

「ミュウや、いくらドンがミュウの友達だからといっても、ドンはネズミなんでしょう?ネズミは猫に食べられるのは当り前のことなのですよ。」

「でも、私はネズミと仲良くしててよ。」

「それはミュウが特別だからよ。ミュウはネズミを食べなくても、もっと美味しいものを沢山食べれるでしょう。」

老婦人はミュウの訴えを本気では聞いてくれませんでした。

 ミュウは猫とネズミが仲良く暮らす方法はないものかと考え続けていました。しばらくすると、猫の寄り合いが有りました。ミュウは老婦人に内緒で、思い切ってこの寄り合いに出てみることにしました。寄り合いで、猫がネズミを殺すのを止めようと提案してみるつもりでした。

 寄り合いには沢山の猫が集まっていました。中には真っ黒な猫、顔に大きな傷のある獰猛そうな猫もいました。中にはミュウの様に、身綺麗な猫もいました。この様な猫達がいろいろと話し合って、いろいろな事を決めて行きました。ミュウも思い切って手を上げて発言してみました。

「あのう、皆さん。ネズミを殺さないようにしましょう。」

ミュウが話終えると、猫達は一瞬黙って、互いに顔を見合わせて、その後すぐに大爆笑が起こりました。

「わっはっはっは、どこのお嬢さんだい、そんなことをいうやつは!」

あちら、こちらで怒鳴る声が聞こえました。それでもミュウは声を張り上げて言いました。

「私の大好きな、友達のダンが殺されたのよ。こんな事、許せて?」

後のミュウの言葉は怒号にかき消されて、聞こえませんでした。側にいた優しそうな猫がミュウの耳元で言いました。

「あなた、もうおうちへお帰り。このままここにいると、あなたはけがをしてよ。」

ミュウが顔を上げると、恐そうな猫の顔がミュウの正面にありました。ミュウは恐ろしくなって、急いで寄り合いを抜け出すと、お屋敷に帰りました。

 お屋敷に帰ると、ミュウは老婦人の膝に飛び乗って、老婦人に寄り合いの一部始終を話しました。老婦人は笑いながら言いました。「だから言ったでしょ。猫がネズミを食べるのは当り前の事だって。だから、いくらミュウが、ネズミを食べるのを止めましょうと言ったって、誰も聞き入れちゃあくれませんよ。あなたも見たとおり、外には恐い猫がいるから、勝手に出ない事ね。」

 ミュウはとても悲しくなりました。ミュウには、他の猫がネズミを食べてしまう理由がどうしても理解できなかったのでした。ミュウは納屋に行ってジャンにも寄り合いの事や老婦人の言葉を話しました。ジャンは

「そうなんだよ。僕たちネズミはいつも誰かに殺されることを心配しながら生きていかなくちゃあならないんだ。その点、君達猫はいいよね。誰かに殺される心配はないからね。」と言いました。しかしミュウは寄り合いで見たあの恐ろしい顔を思いだして、

「奥様の所に私はいるからこうして暢気にしておれるけれど、お屋敷の外に出たら、きっとジャンのように心配しながら生きて行かなくてはならないのかしら。」

と思うのでした。

 

 

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