石鹸のネズミ 須藤 透留
私は石鹸でできたネズミです。今年の干支がネズミということなので、あるお店からいろいろな人に配られた、石鹸でできたネズミのうちの一つです。真っ白な体に赤い目の私は耳が長かったら、きっとうざぎと間違えられたかも知れません。私は今年の初めから、ある家の居間の棚に、置き忘れられているかのように飾られていました。私はこの家の家族を眺めながら、退屈な日々を過ごしていました。
ある日、この家の三毛猫がぴょーんと棚に飛び上がって、私を見つめながら言いました。
「おめえ、本当にネズミかよ。うん、いい臭いしているじゃあねえか。おめえ、ずいぶんめかしこんで身綺麗にしているけれど、食ってもまずそう。食う気にゃあなれねえよ。」
と言って、どこかへ行ってしまいました。
この時、私は自分の体が石鹸で出来ていて良かったと思いました。
ある日の夜中、ネズミが一匹やってきました。ネズミは私の臭いをかぎながら、
「あんたはネズミかい?ネズミにしてはいい臭いをしているじゃあないの。美味しそうだわ。食べてみようかしら。」
と言いました。私は慌てて
「私はネズミよ。あなたの仲間なのよ。仲良くしましょうよ。私を食べないで下さいね。」
と言いました。ネズミは意地悪そうに私の事を見つめてから言いました。
「うーむ、姿形はわてらのあこがれのネズミにそっくりだけど、臭いは食べ物の臭いだわ。わて、腹、減ってるの。やはりあんたを食べることにするわ。」
「止めて、助けて。」
私は叫び、逃げだそうとしましたが、体は全く動きません。とうとう私の体の半分はネズミに食われてしまいました。
体の半分を失った私は、バランスを失って棚から床の上に落ちてしまいました。
「ネズミさん、あなたは私の仲間なのになぜ私を食べなければならないの。あの意地悪な、ネズミの敵の猫さんでさえ、私を食べなかったのに、何で私は仲間のネズミさんに食べられなければならなかったの?」
私は泣きべそをかいていました。
朝になって家族が居間に集まってきました。「父さん、石鹸のネズミがここに落ちているよ。」
子供が叫ぶと、私を拾って、父親の所に持って行きました。
「おや、これはどうしたことだ。このネズミはネズミに食べられている。汚らしくなったから、捨てようね。」
父親はそう言って、ちゅうちょもせずに私をごみ箱の中にぽーんと投げ捨てました。子供も私がごみ箱の中に入ってしまうと、もう私には何の注意も払いませんでした。
「どうして私を捨てしまうの?どうして私を粗末に扱うの?私を捨てないで!どうか私を助けて!」
と私は叫びましたが、私の声はこの家族には全く聞こえなかったようでした。私はごみ箱の中で、泣きながらどこかへ捨てられるのを待っていることしかできませんでした。