たくちゃとぼんちゃ      須藤 透留

 

 たくちゃは生まれつき心臓が悪くて、他の子供達のようには外で元気に遊ぶことができません。ちょっと走り回ると息が苦しくなり、チアノーゼがでます。そのため、たくちゃは一日の大半を自分の家の中で一人で遊んで過ごしていました。テレビを見たり、絵本を見たりして過ごしていました。

 たくちゃんもいよいよ心臓の手術を受けることになりました。その準備のための検査に病院に行った日の夜のことでした。たくちゃはとても疲れていたので、その夜は早くベッドに入り寝てしまいました。

 たくちゃが寝ていると、しきりとたくちゃを呼ぶものが有りました。たくちゃが眠い目を擦りながら起きてみると、あたりはすっかり明るくなっていました。ベットの側には薄汚い縫いぐるみの熊が立って、たくちゃをしきりと呼んでいました。

「君は誰だ?」

たくちゃは不思議そうに尋ねました。

「僕はぼんちゃ。ほら、君が名づけてくれた熊のぼんちゃだよ。」

「ああ、本当だあ。ぼんちゃだあ。でも、随分汚いなあ、君は。」

「しょうがないよ。だって、君が僕を一年間も押入の中にほっぽいておいたんだもの。」

「で、僕に何の用事?」

「一緒に公園へ遊びに行かないかい?」

「だって、僕は心臓が悪いから、遊びに行けないんだよ。行くんだったら、お母さんと車椅子に乗って行かなくちゃあ。」 

「大丈夫だよ、たくちゃ。僕が連れて行くから。思い切って歩いてご覧よ。」

 たくちゃはぼんちゃの言った事をすぐには信じることができませんでした。でもぼんちゃが余りにも真面目にたくちゃの事を見つめていたので、思い切ってベットの側に立ってみました。するといつもと違って、たくちゃはすーと立てました。部屋の中を歩いてみました。すいすいと歩けました。少しも息苦しくは有りませんでした。こんな事は初めてでした。たくちゃはとても嬉しくなって、

「僕、こんなに歩けるよ。お母さんに言って来る。」

と言って部屋を出て行こうとしました。

「お父さん、お母さんは寝ているから起こさない方がいいよ。」

ぼんちゃが言いました。たくちゃは不思議に思いました。だって、当りはすっかり明るくなっていたからでした。

「今は夜中なんだよ。君のために特別に明るくしたんだ。ぐずぐずしていると、夜が明けちゃうよ。」

ぼんちゃはそう言うとたくちゃの手を引っ張って、家の外に出ました。

 二人は手をつないで歩いて行きました。町の中を歩いている人がいないのは、時間が夜中のためなのでしょうか。野良犬が一匹、近くを通り過ぎましたが、二人には全く気づかないようでした。

 公園に着くと二人はまずブランコに乗りました。たくちゃは生まれて初めてブランコに乗ったので、初めはうまくブランコを漕げませんでした。そこでぼんちゃが乗り方を教えてくれたので、間もなくたくちゃは上手に漕げるようになりました。二人は目いっぱい大きくブランコを漕いで遊びました。ブランコが飽きると次はシーソーで遊びました。その次はジャングルジム、その次は鉄棒と、二人は楽しい時間を公園で過ごしました。

 頃合を見てぼんちゃがいいました。

「ぼつぼつ帰らないと、夜が開けてしまうよ。もう帰らないかい?」

「うん。僕もくたびれた。帰ろう帰ろう。」二人はまた手をつないで家に帰りました。ぼんちゃはたくちゃをベットに寝かせると、

「その内、必ずまたくるからね。」

と言って、どこかへ立ち去りました。翌朝、たくちゃはお母さんに起こされるまで、ぐっすりと眠ることができました。

 翌朝、たくちゃはぼんちゃとの不思議な出来事をお母さんに話しました。お母さんは

「それはきっと、たくちゃの手術が終わった後には、たくちゃはきっと元気になれるよと、ぼんちゃが教えてくれたんだわ。」

と言って、ぼんちゃを捜してくれました。しかし押し入れの中やその他のおもちゃのありそうな所をお母さんはくまなく捜しましたが、ぼんちゃは家の中では見つかりませんでした。

 たくちゃはぼんちゃにまた会えることを楽しみにしていました。毎晩寝るときになると

「今夜はぼんちゃに会えるかなあ。ぼんちゃと遊びたいなあ。」

とお母さんに言いました。お母さんは

「ええ、今夜はきっと会いに来てくれると思うわ。」

と言いって、たくちゃの頭をそっとなぜ、たくちゃを寝かしてくれました。

 このようにして、手術の日がだんだん近づいて来ました。たくちゃは、

「手術が終わると友達と公園で遊べるし、幼稚園にも行けるよね。」

とお母さんに話しました。お母さんも

「そうよ。元気になれるのよ。」

とたくちゃを励ましました。たくちゃは早く元気になりたいために、手術の日がまちどうしかったのでした。まもなく、たくちゃはお母さんに連れられて、大きな病院に入院しました。

 手術の日がきました。たくちゃは朝起きると手術着を着せられて、車に乗せられて、いろいろな機械がおかれている大きな部屋に連れて行かれました。そこでお医者さんからおしりに注射を受けると、すーと眠ってしまいました。

 眠り込むとすぐに、聞き覚えのある声がたくちゃを呼びました。たくちゃにはそれがぼんちゃであることがすぐにわかりました。たくちゃは体を起こして言いました。

「ぼんちゃ、どこにいってたの。会いたかったよ。今日、一緒に遊べるの?」

「ああ、遊べるよ。今日はちょっと遠くに行こうと思うよ。お母さんも、いいて言ってたから、だい丈夫だよ。ほら、三輪車を用意しておいたから。」

確かにベットの側には赤い三輪車がおいてありました。たくちゃはまだ三輪車に乗ったことが有りませんでした。でも、たくちゃはベットから降りると、三輪車に乗ってペダルを力いっぱい踏んでみました。すると三輪車はすいすいと走りだしました。

「わーい、わーい、三輪車だ。三輪車が走るぞ!」

とたくちゃは大声を上げました。ぼんちゃが「僕の後についておいで。」

と言ってかけだしました。たくちゃはぼんちゃの後を三輪車にのったまま追いかけて行きました。

 たくちゃはぼんちゃの後を追いかけるので精いっぱいでしたから、どこをどう走ったのか全くわかりませんでした。二人はいつのまにか、森の中に来ていました。目の前に大きな門が有りました。そこには「森の幼稚園」と書いてありました。

「ここが僕の幼稚園。さあ中へ入って行こう。みんなが待っているよ。」

とぼんちゃがたくちゃを促しました。

「へーえ、ぼんちゃはこの幼稚園にいってるの?」

「うん、そうだよ。とても楽しいよ。」

二人は手をつないで幼稚園の中に入って行きました。

 教室では既に授業が始まっていました。熊やりすや狐や狸の子供達が画用紙に向かって一生懸命絵を描いていました。二人が教室に入って行くと一斉に拍手が涌きました。山羊の先生がたくちゃを教室の前の方に案内して言いました。

「これからしばらく皆さんと一緒に勉強する卓人ちゃんです。卓人ちゃんは病気の関係でこの幼稚園に来ました。皆さん、なかよくしてあがてください。」

園児達は

「はーい。」

と答えました。

 たくちゃの席はぼんちゃと兎のうたちゃんの間でした。たくちゃは席につくと配られた画用紙にさっそく絵を描き始めました。たくちゃが描いた絵は大好きなお母さんの絵でした。とても上手に描けたので、山羊の先生に誉められました。たくちゃは嬉しくて、楽しくて、この幼稚園が大好きになりました。

 お昼には配られたお弁当をみんなと一緒に食べました。そのお弁当の美味さはお母さんの作ってくれるご飯とは別のもので、忘れることのできない美味しさでした。午後からは庭でお遊びの時間でした。鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、砂場で山やトンネルを作って遊びました。

 夕方になりました。お母さん達が迎えに来ました。大きな熊のぬいぐるみのぼんちゃのお母さんも迎えにきました。ぼんちゃがお母さんに、

「いつも話している、友達のたくちゃ。」

と言うと、ぼんちゃのお母さんは

「ぼんちゃが長いことお世話になりました。本当にありがとうございました。」

と丁寧にお礼を言いました。たくちゃが何の事か理解できずにもじもじしていると、ぼんちゃが

「ほら、僕が君の家で君にあそんでもらったでしょう。そのことだよ。」

と言いました。たくちゃは

「僕が、僕がぼんちゃに遊んでもらったんだよ。」

と答えると、ぼんちゃのお母さんはにこにこ笑って、

「とんでもありませんわ。とにかく、私たちの家にきてくださいませね。」

と言いいました。このようにして、たくちゃはぼんちゃの家に一緒に住んで、幼稚園に通うことになりました。

 ぼんちゃの家にきて四日目の朝の事でした。朝ご飯が終わるとぼんちゃがたくちゃに言いました。

「たくちゃ、今日は病院に帰る日だよ。だから、帰る準備をして待っていて。」

「え、もう帰るの。」

「うん、君の手術が順調に終わったから、帰らなくちゃあいけないんだ。君のお父さん、お母さんが待っているから。」

そう言われると、たくちゃは急にお父さん、お母さんが恋しくなりました。

 たくちゃは三輪車に乗り、ぼんちゃの後に従って、病院に帰りました。ぼんちゃと別れるときに

「幼稚園の友達に、何も言わないで帰ちゃったけど。ぼんちゃ、さよならをいっといてね。それから、ぼんちゃ、また来てくれる?」

とたくちゃが言いました。

「わかったよ。たくちゃ。でも、僕はもうたくちゃの所に来れないんだ。たくちゃが元気になったら、君は自分で自分の友達を見つけなけりゃあいけないんだよ。」

ぼんちゃが悲しそうな顔をして言いました。「ううん。僕、きっと友達、沢山作るよ。だけどぼんちゃ。君が僕の一番の友達なんだよ。だからきっと遊びにきてよ。」

とたくちゃは言いました。しかしぼんちゃは黙ったままどこかへ消えてしまいました。ぼんちゃはしかたなく、病院のベッドに潜り込んで寝てしまいました。

 「たくちゃ、たくちゃ。」

と言う聞き慣れた声に目を開けてみると、お母さんがたくちゃの顔をのぞき込んでいました。その側にはお父さんもいました。ベッドの周りで看護婦さんが忙しそうに動いていました。たくちゃが声を出そうとしても、喉に何か管が入っていて、声が出せませんでした。体にもいろいろな機械がついていて、起きあがることができませんでした。

「良かったわね。たくちゃ。元気になれて。もうすぐお話もできるわよ。それまでもう一度おねんねしなさい。」

お母さんが優しく頭をなぜてくれました。たくちゃはまた目を閉じて、すやすやと眠りました。

 それから半月もするとたくちゃは病院を退院して、家に帰りました。たくちゃはすっかり元気になりました。ときどき病院に検査に行きましたが、もうすっかり元気になったので、お医者さんから幼稚園にも行って良いとの許可も貰いました。たくちゃは近くの幼稚園に通うようになりました。友達も沢山できました。しかしたくちゃはぼんちゃのことを忘れることができませんでした。

 

 

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