キャンディーフラワー

 台所の食器戸棚のいちばん目だつ所に、ボヘミアングラスが飾られていました。その中には、赤と白の、二輪のきれいなバラの花が生けてありました。燃えるような赤と純粋に真っ白な二つの花、深く柔らかい緑色の茎と葉が、艶やかな青のグラスの上で、とても良い感じでした。僕は「本物そっくりにできた造花だ」と思っていました。

 ある日、何故だか解らないけれど、僕はそのバラの花にとても心を引かれました。僕はお母さんに言いました。

「お母さん、あの花、とても良くできているね。どうしてあんな所に飾っておくの?」

「とてもきれいでしょう。あの花、キャンディーでできているのよ。良くできているわね。ほこりを被らないようにあそこに飾っておいてるの。」

「え?じゃあ食べれるの?」

「そうよ。だけどもったいないでしょ。当分は見て楽しむことにしましょ。」

 それから2、3日経ちました。学校から帰っておやつを食べていると、お母さんが買物に出かけました。僕は椅子をもって行って、食器棚を開けて、真近でバラの花を見ました。本物そっくりでした。鼻を近づけると、少しだけ甘い臭いがしました。キャンディーだと思うと、僕は少し食べてみたくなりました。そこで気づかれないぐらいに、葉の一部を少し取って食べてみました。その甘くておいしいことは例えようも有りませんでした。僕は我慢ができなくなって、一枚の葉を全部を取って食べてしまいました。それからと言うもの、僕はいつお母さんに叱られるのかと、びくびくしていました。しかしお母さんはバラの葉が一枚少なくなっていることに気づきませんでした。それはどうした訳だか解りませんが、バラの葉が元通りになっていたからでした。そこで僕は、お母さんが買物に行っている間に、バラの花びらを食べてみました。甘くておいしくて、夢のようでした。その花びらも、お母さんが帰ってきた頃には、元のようになっていました。

 それから二、三日経ちました。お母さんが買物に出かけた時、今度は赤と白の花びら数枚と、葉も二、三枚食べて、キャンディーのおいしさをたっぷりと味わいました。しかし今度はひどく花の形が変わってしまいました。僕は心配になりました。「こんなに無くなってしまうと元には戻らないんじゃあないかなあ。」僕は後悔しました。ドキドキして、お母さんの帰りを待っていました。しかしお母さんが帰ってきても何事も起こりませんでした。不思議に思ってバラの花を見ると、バラの花は完全に元に戻っていました。

 翌朝、ふとバラの花を見たとき、食器棚にはボヘミアングラスがあるだけでした。お母さんは黙々と朝食の準備をしていました。僕はバラの花がどうなったのか、お母さんに尋ねることができませんでした。

 

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