出窓のサボテン   須藤 透留
 
 私が、このきれいなレースのカーテンで飾られた出窓に住み着いてから、3年の月日がたちました。ここに来たばかりの頃、私は軟らかな生毛で被われた緑の小さな球のようでしたから、日の光を浴びると軟らかくボーと光って見えました。それは真珠の輝きに似た美しさだったので、この部屋の女主人の智恵子嬢も私をこの出窓に住まわせ、時々会いに来て、
「まあ、かわいいわね」
と言ってくれたものでした。
 月日がたつにつれて私の体も成長して、サボテンらしくなってきました。エメラルドよりも濃い緑色の体に、鋭くて長いトゲがたくさん生えた私を見て、誰も美しいとか可愛いとか言わないだろうということは、私にもよくわかります。智恵子嬢も私の存在なんか忘れてしまっている様子です。私は出窓の端で、3年の退屈な日々をただただ耐えて、生きてきたのです。
 智恵子嬢は季節の花の鉢をこの出窓の中央に置くのが好きでした。きっと花屋さんで買って来た鉢だったのでしょう。どの鉢もそれはみごとな花を咲かせましたから、私もうっとりと見惚れてしまうこともしばしばありました。そしてトゲだらけで醜く、花の咲かない自分を思って、誰にも見つからないようにそっと涙を流すこともしばしばありました。
「あのような美しい花を咲かして、智恵子嬢の注目を一身に浴びてみたい。」
と、私はいつも心の中でひそかにそう願っていました。
 出窓を美しく装った花の多くはいつもつんとすました顔をして、トゲだらけの私を軽蔑するように見下しました。それは私にとってはとても辛いことだったのですが、それ以上に私にとっては、沈黙を続けることが辛かったのでした。おしゃべりでもしなかったら、単調で長い一日がより長く感じられますし、おしゃべりをして隣の花と楽しい時間を過ごしたいという欲求が、私の体を破壊してしまいそうだったからです。私は不安な心を努めて抑えて、思い切って話しかけました。
 初めはどの花も面倒くさそうに答えましたが、私と同じように退屈な時間をどうすることもできなかったのでしょう。おしゃべりを交わす時間もだんだん長くなり、やがて親しくなることもできました。そして私にとても美しい友人を持つことは、嬉しくて誇らしくも感じられました。
 わたしとお隣の花との楽しいおしゃべりはそんなに長くは続きませんでした。花には時期というものがあります。いつまでも咲き続けるわけにはいきません。花の盛りが過ぎてその色があせるに従って、智恵子嬢のその花への関心も薄くなってきて、花への水やりも忘れてしまってくるのです。鉢の土は乾き、花はもちろん、葉や茎までしおれてしまいました。そして苦しそうに私に助けを求めたのです。
「助けて下さい、サボテンさん。苦しくてしかたありません。水が欲しいのです。どうしたら水を飲めるのですか。」
「ごめんなさい。私にはどうすることもできません。」
「そんなこと言わないで、サボテンさん。あなたはいつものように元気でいるではないですか。どうやって水を手にいれているのですか。私の体はもう弱ってきました。もう死にそうなんです。どうか助けて下さい。親友じゃあないですか。」
「私にはあなたのような美しい花や葉や茎がありません。その代わり私は水がなくても生きていけるのです。ごめんなさい。私にはあなたを助ける方法はないのです。」
 間もなく隣の花は死んでしまいました。私は私の傍らでいくつもの花がその花を咲かしただけで死んで行くのを見てきました。私はただ涙を流して見守るだけしかできませんでした。
「なぜ花の咲かない、みすぼらしい私が生き残り、あの美しくて有能ですばらしい花が、その生涯を全うせずに短い一生を終わらなければならないのだろう。」
と思いながら。
 
 窓の外は花の季節も一段落して、出窓も開け放しのことが多くなりました。強い光が直に私の体を温めます。快い風が私のトゲをやさしくなでていきます。私は外の新しい空気を胸一満吸い込み、何か新しい予感を感じることができました。その予感はだんだん強く大きく膨らんで、私の胸は破れそうでした。いいえ、私の胸は破れて、そこから何かが飛び出して来ました。それは私の意志とは関係なく大きくなり、ぱっと花開きました。それはわずかに桃色を帯びた、汚れのない白い大きな花でした。ついに私も花を咲かすことができたのです。たった一輪で、それもたった一日しか咲いていませんでしたが、智恵子嬢も、
「なんて美しい花だこと」
と、今まで見たこともないような驚きのまなこで私を見てくれました。私はサボテンであることの喜びを初めて体中で感じることができました。
 花を咲かせた後も私は依然として出窓の端に住んでいました。出窓の中央には新しい夏の花の鉢が置いてあります。その花とのおしゃべりも楽しいのですが、私には新しい仕事ができました。私には6個の子供ができました。6個の子供は、私のまわりでその短くて軟らかなトゲを日光に光らせながら、わいわいがやがやと騒ぎます。私はこの子供らの面倒を見るため、大変忙しく一日を過ごすようになりました。親であることの喜びを感じながら。
 
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