その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(23)蛍袋
小学校から帰ってみると、庭に蛍袋が咲いていました。赤紫の花でした。スミちゃんはこの花が咲くのを、今か今かと待っていました。スミちゃんは、蛍がたくさん家の庭に集まって欲しいと、思っていました。蛍袋が咲くと、その花から蛍が生まれて、その花を寝ぐらにして、蛍がたくさん集まるだろうと考えていました。夜になると、蛍が飛ぶ様子を見ることができるのではないかと思っていました。
≒まだスミちゃんは蛍を見たことがありません。けれど物語や図鑑で、蛍の事は知っていました。夜、おしりのところから青白く、きれいな光を放って飛ぶ、黒っぽい虫だと言うことは知っていました。そこでスミちゃんは、咲いたばかりの蛍袋の花を、じっと見つめていました。その袋状になった花の入口を見つめ続けて、そこから蛍が出て来るのを待ち続けていました。
蜜蜂が飛んで来ました。花の周りを一、二周飛び回ると、花の入口から中へ入って行きました。
「あら、あら。だめねえ、蜜蜂さんは。蛍さん達はまだ安んでいるんだから、じゃましちゃあだめよ。それとも、蛍さん達が招待したのかしら?」
スミちゃんは蜜蜂に呼びかけてみました。蜜蜂はスミちゃんの呼掛けを無視しました。一分もすると蜜蜂が蛍袋の花から出てきて、すぐにどこかへ飛んで行ってしまいました。
しばらくすると、蛍袋の花の入口から、黒っぽ一ミリ位の小さな虫が出てきました。
「あら、蛍かしら。蛍にしては小さいねえ。でも蛍の赤ちゃんかしら。まだ、花が咲いたばかりだから、蛍もまだ赤ちゃんなんでしょう。これじゃあ、まだ、夜明りをつけて飛ばないかも知れないわ。」
その黒い小さな虫もどこかへ飛んで行ってしまいました。
スミちゃんはかなり長い間、蛍袋の花を見つめていました。しかしそれ以後、花からは何も出てきませんでした。スミちゃんは思い切って、蛍袋の花の入口から、花の中を覗いてみました。花の内側には、黄色いものと、白いものがごちゃごちゃと有るだけで、とても蛍がいるようには思えませんでした。
「蛍さん、もう、どこかへお出かけしちゃったのかしら。昼間は蛍袋の中でお休みしているはずなのに、変ねえ。」
スミちゃんは花を見るのを止めて、家の中へ入って行きました。
夜、夕食が終わると、スミちゃんは暗い庭に出てみました。そこはいつもと同じ夜の庭でした。蛍はいませんでした。スミちゃんは時間を置いて又庭に出てみました。やはり蛍はいませんでした。
「蛍さんはは遠くの小川の流れているところへ飛んて行っているんでしょう。」
とスミちゃんは思いました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(24)美佳ちゃんと熊のボンタ
美佳ちゃんは荒々しくドアを開けると、泣きながら自分の部屋に入ってきました。美佳ちゃんは自分の勉強机の椅子に座っている、熊のぬいぐるみのボンタの腕をつかむと、その頭をぼかんと拳で殴って、その後その場に座り込み、わーと大声をあげて泣きだしました。ボンタは美佳ちゃんの頭を優しくなぜていました。美佳ちゃんは声を荒げて、お母さんの口調をまねるようにして、ボンタに向かって言いました。
「何でまた、嘘をつくのよ。」
ボンタには美佳ちゃんの気持ちが痛い程良くわかっていました。美佳ちゃんの辛い気持ちを全て受け取ってあげるようにして言いました。
「ごめんね、美佳ちゃん。ごめん、ごめん。」
「ごめんじゃあないでしょ。いつもこうなんだから。嘘ばかりついて。」
美佳ちゃんはお母さんの口調をまねて言いました。
「美佳ちゃん、ごめんね。美佳ちゃんは本当は、嘘なんかつきたくないんだよね。」
「そうよ。私、ちっとも嘘なんかつきたくないのよ。だけど、本当の事を言ったらお母さんが怒るから。」
「そうだよね。本当の事を言ったら、お母さんが怒るんだよね。お母さんのやり方と違うことをしたら、お母さん、怒るんだよね。」
「そうなの。お母さんたら、自分の思うとおりにならないとすぐに怒るんだもの。私のやりたいことは何もやらしてもらえないのよ。」
「怒られるのは嫌だから、美佳ちゃんはやむを得ず嘘をついたんだよね。」
「そうなの、ボンタ。だけど嘘だとわかったら、またひどく叱られちゃったの。頭、ごっつんされちゃった。」
「美佳ちゃん、かわいそう。」
「ボンタ、ごめんね。八つ当りして。」
「は、は、は。いいんだよ、美佳ちゃん。僕は美佳ちゃんの味方だもん。」
美佳ちゃんは涙を流しながら、ボンタをだっこして、ほうずりしていました。ボンタももらい泣きしながら、
「早くお母さんが、美佳ちゃんの辛い気持ちをわかってくれるといいね。」
と言いました。美佳ちゃんはボンタをだっこしたまま、その場で寝込んでしまいました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(25)ゴム風船
お盆になると、僕は落ちついておれませんでした。それは、「お盆には、死んだお母さんが帰って来る」と、お父さんが言ったからでした。ぼくは絶対にそんなことは無いと思いました。でもやはり、僕は死んだお母さんに会いたかったのです。だめだとは解っていても、ほんのかすかな期待を持って、ときどきお母さんの遺牌の前に来てみました。遺牌の前には、花や果物やお菓子が置いて有るだけで、お母さんが帰ってきたような様子は、少しも有りませんでした。
お盆が終わると、秋風が吹き出しました。僕はつまらなくて、家の前の道ばたに立っていました。ぼんやりと流れていく空の雲を見上げていました。「お母さんに会いたいなあ。お盆に帰って来てくれたらよかったのに。」と思っていました。すると突然目の前に、変な男の人が現われました。どことなく見たことのあるような、無いような人でした。
「僕、これをあげよう。きっと良いことが起るよ。は、は、は。おじさんの事が心配かい?おじさんは、君のお父さんの先祖だよ。」
男の人はそう言って、僕にゴム風船を一個くれました。
僕は退屈だったので、貰った風船をぷーっと膨らませてみました。すると僕の拳大の風船ができました。僕はおもしろくなって、破裂するまで大きくしてみようと思いました。どんどん風船に息を送り込むと、風船は破裂しないで、どんどん大きくなりました。ついにその風船は、僕の背丈以上に大きくなってきました。すると風船はふわふわと空に向かって上り始めました。その風船を持っている僕の体も、ふんわりと浮き上がって、風船と一緒に、空をめがけて飛び始めました。
僕は雲を突き抜けました。雲の上には多くの人がいました。その中に、僕のお母さんを見つけることができました。僕は急いで風船の空気を抜くと、雲の上に飛び降りました。
「よっちゃん、よっちゃん、良く来たわね。」
お母さんは涙を流して喜んでくれました。僕はお母さんに抱きつきました。僕はお母さんが死んでからの事をいろいろと話しました。お母さんは嬉しそうに、合い槌を打ながら聞いていました。僕とお母さんとは、楽しい時間を過ごすことができました。しばらくすると、お母さんが言いました。
「もう、帰らなくてはいけませんよ。もう一度風船を膨らませてごらんなさい。」
僕はもっとお母さんといたかったのです。でも、せっかく会えたお母さんの指示に、従うことにしました。もう一度、僕は風船を膨らしました。僕の体が再びふんわりと浮かびました。僕は雲から離れると、ゆっくりとゆっくりと、地上へ降りて行きました。
気がつくといつの間にか、僕は家の前の道ばたに立っていました。手には小さく萎んだゴム風船を持っていました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(26)窓という漢字
彰君は同窓会の案内状を見ていました。彰君は今年、小学校を卒業したばかりでした。その小学校の六年生の時の同窓会をやろうと言う、幹事からの案内状でした。藁半紙にガリ版刷りで、夏休みに入ったら、みんなで集まって、思い出話をしようという内容でした。
彰君が同窓会の案内状を見つめていたのは、同窓会の案内状が珍しいからでは有りません。大きく書かれた同窓会の窓と言う漢字を見続けていただけでした。漢字の窓と言う字を見ると、彰君は窓という漢字を覚えたときの事と、最近死んだおじいさんを思いだしました。
窓と言う漢字を習ったとき、彰君はなかなかそれを覚えられませんでした。ところがお母さんから
「窓という漢字はね、うかんむりに、ハム心と書くのよ。」
と教えられたとき、それを機会に、彰君はすっかり窓という漢字を覚えてしまいました。漢字を覚えたと言うよりむしろ、うかんむりにハム心と言う、ごろの良さで、漢字を書けるようになったと言うのが、正しかったかも知れません。
その後、しばらくして、彰君は田舎のおじいさんを尋ねることが有りました。その時、おじいさんはもうすぐ八十才になろうとしていましたが、とても元気で活動的にしていました。やや腰が曲がっていましたが、田舎ではなかなかのインテリでした。あずき色のベレー帽をかぶり、すっきりとした衣服を着ていました。とてもこいきなおじいさんでした。彰君がそのおじいさんの顔を見たとき、窓と言う漢字とおじいさんの顔イメージとが、すっかり重なってしまいました。
うかんむりはおじいさんのベレー帽でした。カタカナのハはおじいさんの外側に垂れた濃い眉毛でした。カタカナのムは、外人のように大きくて突き出した鼻でした。心という漢字の外側の点は、おじいさんの頬の髭でした。心という漢字の長い斜めの線は、おじいさんの顎の形そっくりでした。心という漢字の点々はおじいさんの鼻髭と口でした。このように、彰君は漢字の窓と、おじいさんの顔がそっくりだと思うようになりました。漢字の窓を見たときには、必ずおじいさんの顔を思い出し、思わずくすくすと笑うようになりました。
ある時、彰君はお母さんに
「漢字の窓と言う字は、田舎のおじいさんの顔みたいだよ。」
といいました。するとお母さんは
「窓と言う漢字?おじいさんの顔?」
と言って、しばらく考えていましたが、その内に大笑いを始めました。彰君がきょとんとしてお母さんを見ていると、お母さんは笑いを止めるどころか、仕事を放り投げて、お腹を抱えて、笑い転けていました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(27)綾ちゃんとこうのとり
綾ちゃんのお父さんとお母さんが結婚して、一年ぐらいたった頃の夏の事でした。二人は夏休みをとって、裏日本の海岸線をドライブをしていました。夏の日本海はとても青くて、静かで、きれいでした。小波が強い太陽の光を反射して、きらきらと輝きました。海に突き出た岬や、沖に浮かぶ小さな島には、濃い緑の木々が生い茂っていました。二人は車を止めて、道ばたの木立の陰に入って、この景色をじっと眺めていました。
その時、大きな白い鳥が二人の側に舞い降りました。その鳥は、口にくわえてきたピンク色のバスケットを二人の前に置くと、すぐにどこかへ飛び去りました。二人はびっくりしましたが、すぐに気を取り直してバスケットの中を覗いてみました。そこにはピンク色の産着を着た、可愛い女の赤ちゃんが、すやすやと優しい寝息を立てていました。
「あら、赤ちゃんだわ。」
「本当だ。可愛い赤ちゃんだね。」
綾ちゃんのお母さんは、バスケットから赤ちゃんを抱き上げると、ふっくらとした赤ちゃんの顔をのぞき込みました。
「可愛い赤ちゃんだわね。だけど、誰の赤ちゃんでしょう。どうしたら良いのかしら。」
「あの鳥は、僕達にこの赤ちゃんを育てろと言うために、運んできたのかな。」
「でも、誰の赤ちゃんかわからないでしょう。私もこんな可愛い赤ちゃん、欲しいわ。」
「そうだね。欲しいね。僕達の赤ちゃんにするか。」
と綾ちゃんのお父さんが言ったとたん、綾ちゃんのお母さんがだっこしていた赤ちゃんの姿がだんだん薄くなって消えてしまいました。それと同時にバスケットの影も無くなってしまいました。二人はびっくりして、ただその様子を見つめていました。
バスケットのあった所には、一枚の紙が落ちていました。それを見つけた綾ちゃんのお父さんは、その紙を拾い上げました。
「なになに。私の名前は綾です。お母さんのお腹の中にいます。こんな事がこの紙に書いてあるよ。」
「え、それじゃあ、今の赤ちゃんが私のお腹の中に入ったのかしら。」
「ひょっとすると、こうのとりが僕達に、赤ちゃんを連れてきたのかも知れない。」
「それじゃあ、私達の赤ちゃんは女の子で綾ちゃんということになるわね。」
綾ちゃんのお母さんは大喜びでした。
旅行から帰ると、綾ちゃんのお母さんは、すぐに病院に行ってみました。お医者さんは綾ちゃんのお母さんのお腹を診察した後、
「お腹の赤ちゃんは3カ月です。」
と言いました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(28)鬼百合
昔々、ある国の山奥に、一匹の悪い鬼が住んでいました。夜になると、鬼は麓の村に下りて行き、子供をさらったり、家畜や農作物を盗んでは、それを食べました。そのために、村人達は大変に困っていました。村人の中で勇気のある男達が、何回も鬼退治に出かけましたが、鬼はとても強くて、鬼退治に山の中へ入った男達を皆、殺して、食べてしまいました。
この様に恐ろしい鬼にも、一つだけ優しい心が有りました。それは真っ白な百合の花を育てることが好きだったことでした。鬼は自分の住処の周囲に白い百合の花をいっぱいに育てて喜んでいました。昼間はこの百合の花の面倒を見て、過ごしていました。ですから、山奥に入り、この白い百合の花園を捜せば、すぐに鬼の住処を見つけられました。
ある時、この鬼の住む山の麓の村に、一人の若者がやってきました。この若者は武者修行のために全国を行脚していていました。この若者は村人の話を聞きました。
「それでは、私がその鬼を退治しましょう。武者修行には絶好の話だから。」
若者は言いました。しかし村人達は
「およしなさい。ただ鬼に殺されるだけだから。今まで、たくさんの人が鬼を退治に出かけても、だめだったから、いくらお侍さんでも無理でしょう。」
と止めました。けれど、若者は鬼退治を止められれば、止められるほど、鬼退治の意欲をかきたてられました。
若者は一人で、どんどん山奥に入って行きました。まもなくして、白い百合の花が一面に咲いているところを捜し出しました。若者は大声をあげて怒鳴りました。
「おおい、悪党の鬼め。この私が退治にきたぞ。さっさと出てこい。」
鬼も住処から出てきて、怒鳴り返しました。
「何を、生意気な。殺して食ってやる。」
そこで若者と鬼との壮烈な戦いが始まりました。鬼は得意な太い鉄棒を振り回して、若者に襲いかかりました。若者もその鬼の攻撃をかわしながら、鬼に刀で切りつけました。若者も大けがをしてしましたが、ついに若者は、鬼を切り殺してしまいました。その時、鬼から吹き出し、飛び散った真っ赤な血が、真っ白な百合の花の上に降りかかって、一面紅く染めてしまいました。
お釈迦様はこの様子を空から見ておられました。お釈迦様は、この鬼が百合を愛したと言う優しい心だけは認めてあげようと考えました。そこで、紅く鬼の血で染まった百合達を、それ以後紅く咲くようにしました。このため、この山奥に咲いた百合は皆紅くなり、鬼百合と呼ばれるようになりました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(29)ちゃこちゃんとテイル
ちゃこちゃんはお向いの小さな女の子。幼稚園から帰って来ると、すぐにわが家にやってきます。わが家の犬テイルと遊びます。
私が机に向かって仕事をしていると、テイルは退屈そうに私の足元にうずくまって、昼寝をしています。そのテイルが、突然がばっと起きあがることで、ちゃこちゃんが遊びにきたことがすぐにわかります。テイルは小走りで玄関に出て行きます。それと同時に玄関のドアが開いて、
「おじちゃん、こんにちは。」
と言う、可愛い声が聞こえます。
「ちゃこちゃん、お入りなさい。」
私が机に向かったまま大声で言うと、ちゃこちゃんとその後にしたがうテイルとが、私の部屋に入ってきます。
私にはテイルがちゃこちゃんを好きなのか嫌いなのか良く解りません。私があまりテイルを相手にしないから、仕方なくちゃこちゃんと遊んでいるのかも知れません。仕方無しにちゃこちゃんの後をついて歩いていると言うような態度でした。そのくせ、ちゃこちゃんがテイルのしっぽを引っ張っても、体を蹴飛ばしても、頭をぶっても、いつも迷惑だと言うような顔をしたまま、じっとされっぱなにしになっていました。
テイルはちゃこちゃんを背中に乗せて歩いていることもありました。ちゃこちゃんと体を寄せ合って寝込んでしまい、ちゃこちゃんが一晩、わが家に泊まった事もありました。いつもテイルはちゃこちゃんの生きた縫い包みの役をしていたみたいです。ひょっとしたら、テイルはちゃこちゃんのお母さんのつもりでいたのかもしれません。
秋になって、テイルが盲導犬訓練所に入所する日が来ました。ちゃこちゃんは私と一緒にテイルを連れて、訓練所まで行くことになりました。私はちゃこちゃんとテイルとを助手席に乗せて、訓練所を目指して、自動車を走らせました。道中ずっと、ちゃこちゃんはテイルと隣合わせに助手席に座ったまま、頬をすり合わせたり、嘗め合ったりして、きゃあきゃあ騒いでいました。
訓練所につくと、テイルはがらっと態度を変えました。もうちゃこちゃんの事は忘れてしまったかのように、他の訓練を受けている犬達の方ばかりに気を取られていました。リードを持つちゃこちゃんを引っ張って、訓練所のケイジの方へ行ってしまいました。私が手続きをしていると、ちゃこちゃんがしょんぼりとして戻ってきました。
「おじちゃん、テイル、いっちゃった。」
「やっぱり、テイルは犬同士の方がいいんだろうね。あれほどちゃこちゃんと仲良しだったのにね。」
ちゃこちゃんと私は、もうテイルに会わないで、そのまま家に帰りました。帰りの自動車の中では、ちゃこちゃんは寂しそうで、今にも泣きそうでしたが、その内に寝込んでしまいました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(30)無料招待券
僕はお母さんとの二人暮しです。普段は小学校が終わると、学童保育に行きました。学童保育も夕方五時には終わってしまいました。その後は家に帰って、お母さんが帰って来るまで、テレビを見て過ごしていました。僕はテレビのアニメ番組「ギルトマン」を毎晩楽しみに見ていました。その「ギルトマン」の映画が映画館で上映されていました。教室の中でも、話題はその映画のことで一杯でした。既に映画を見た人が、自慢げに映画の話をしていました。中にはその一場面を演じる子供もいました。僕は「ギルトマン」の映画をとても見たかったのでしたが、お母さんの苦労を考えると、映画を見に連れて行ってとは、言えませんでした。
ある日、学童からの帰り道、見知らぬおじさんが僕に映画「ギルトマン」の無料招待券をくれました。普段なら、見知らぬ人から物を貰うことなどしなかったのですが、他ならぬ「ギルトマン」の招待券でしたから、僕はお礼を言って貰ってしまいました。招待券を貰ってみたものの、一人で映画館には入れません。もちろんお母さんは仕事が有るので、一緒に行って貰えません。でも、僕はどうしても「ギルトマン」の映画を見たかったのです。僕の頭の中は映画ことで一杯でした。
翌日、給食が終わると、僕は頭が痛いと言って仮病を使い、学校を早退しました。家に学用品を置くと、僕は映画館に出かけました。映画館に近づくと、胸が高なりました。どうにかして映画を見たい。しかし子供一人では入館できない。どうしたらいいだろうと、考えながら映画館に向かって歩いていました。
映画館のそばまで来ると、昨日招待券をくれたおじさんがいました。
「やっぱり、来たね。おじさんについいておいで。」
そう言うと、おじさんは映画館の中へ入って行きました。僕はおじさんのすぐ後に続いて映画館の中へ入って行きました。僕とおじさんとは、まるで親子のようにして、映画を楽しみました。
映画を見終えて、僕とおじさんとは映画館を出ました。
「じゃあ、これでさよならしよう。今日はたのしかったかい。」
おじさんは笑顔で言いました。
「とてもおもしろかったです。おじさん、ありがとう。さようなら。」
僕はお礼を言うと、手を振って、おじさんと映画館の前で別れました。
僕は未だにあのおじさんが誰だか解りません。お母さんにおじさんのこと、映画のこと等話すと、お母さんは大変に怒りました。泣きました。僕も学校をずる休みしたこと、見知らぬおじさんと映画を見たことなど、悪いと思っています。でも、とても見たかった映画を見られて、僕はとても嬉しかったのです。僕は映画のいくつかのシーンを思いだしていました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(31)干し柿
柿の実が色付きだすと、この春まで元気だった田舎のおじいさんを思い出しました。去年の今ごろ、おじいさんが僕の家に遊びに来ました。そして、庭の柿の実を見て、
「なかなかいい柿の実じゃ。干し柿を作るといい。」
と言って、干し柿を作ってくれました。そのとろっとして甘かった干し柿のおいしさを、僕は忘れることができませんでした。今、オレンジ色に色付いた柿の実を見ていると、僕は僕で干し柿を作ってみたい気持ちになりました。
もちろんおじいさんは柿の木には登れない年齢になっていました。その代わり僕が柿の木に上り、おじいさんの指示で取り頃の柿の実を、長い柄の付いた枝切り鋏で取りました。その時の事を思いだしながら、僕は柿の実を二十個ばかり収穫しました。おじいさんは、柿の実を縄に付けて干しやすいような、枝の切り方を教えてくれました。僕はそれを思い出しながら、せんて鋏で枝をT字型に切り取り、柿の実だけにしました。
おじいさんの皺だれけで、節くれだった左手の指が、柿の実を巧みに回転させながら、右手の包丁で、柿の実の皮をすいすいと剥いて行く様子を、僕は感心しながら見ていました。おじいさんが
「もう健坊にもできるじゃろう。」
と言って、僕に皮を剥く方法を優しく教えてくれました。初めは包丁で手を切るのではないかと心配しましたが、とても簡単に皮を剥けるのに、僕はびっくりしました。いくつか柿の皮を剥いてみると、皮剥きがおもしろくなりました。調子に乗って、僕は幾つも、幾つも、柿の皮を剥いてみました。そのために、皮剥きがすっかり上手になってしまいました。おじいさんが
「健坊はとてもじょうずじゃ。呑込みが早いのう。器用じゃのう。」
と誉めてくれたことを思いだしました。僕はその時のことを思いだしながら、丁寧に柿の皮を剥き終えました。柿の実の柄の軸を縄に止めました。その縄を、太陽のよく当たる物干しにら下げて、干し柿作りは全ておしまいになりました。僕は柿の実のぶら下がった縄を、おじいさんがやったように、腰に手を当てて、しばらく眺めていました。僕はとても満足でした。
四、五日もすると、干し柿ができあがりました。保存するにはもっと干して、硬い干し柿にしますが、食べごろは柔らかくて、中がとろとろとしている時です。お父さんやお母さんにも食べて貰いました。僕もおじいさんと縁側に腰を掛けて、一緒に食べたことを思いだしながら、秋の味覚を楽しみました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(32)タオルの雑巾
僕は真っ白なタオルとして、ある工場で生まれました。その後僕は丁寧に折り畳まれて、ビニールの袋の中に入れられて、この家にやってきました。御中元の贈り物として、ある店からこの家へ配られまた。
「いよいよ僕は僕の仕事ができるんだ」
と、胸をわくわくさせて、僕の出番を待っていました。ところがこの家では、タオルが有り余っていために、僕は三つに折られて、ぐるぐるとミシンを掛けられて、雑巾にされて、掃除箱に入れられてしまいました。僕は僕の不幸を悲しみました。僕はタオルとして働きたかったのです。それなのに僕をタオルとして使ってくれないこの家の人たちに怒りを感じました。
ところがよくあたりを見回してみると、掃除箱の中では、真新しい真白な雑巾の僕はとても目だちました。他にも新しい雑巾も有ったのですが、それらは古着からできていたり、古くなったタオルから、できていたりしていました。そのことに気づいて、僕はとても嬉しくなりました。
「タオルとして使われなかったことは、かえってよかったなあ」
と、思うようになりました。僕は胸を張って、威張ってみました。しかし他の雑巾達は、僕のことを無視していました。それでも僕は平気でした。
この家の人が掃除を始めたとき、僕は一番に選ばれました。僕はそのことをに誇りを感じました。そこで僕は一生懸命、床や棚、机の上のほこりを取りました。きれいになった部屋を見て、僕の仕事ぶりに自分から惚れ込んでいきました。ところが、掃除が終わって又掃除箱の中に戻ったとき、僕は唖然としました。それは、掃除が終わった後、家の人が僕をきれいに洗ってくれたのに、僕の体に汚れが染み込んでしまったことでした。見かけが他の古びた雑巾と変わらなくなっていたからでした。
「一回でこんなに汚れた姿になるのなら、まずタオルとしての仕事をしてから、雑巾にしてくれればよかったのに」
と、タオルとして使ってくれなかったこの家の人たちを、また恨む気持ちになりました。
それでも僕は気を取り戻して、前向きに考ようとしました。僕は一生懸命働きました。一度体が汚れてしまえば、その後僕の体が少々汚れても、あまり気にならなくなりました。それよりも、家の中がきれいになることに、喜びを感じました。僕が雑巾だということに満足していました。しかし、やがて一ヶ月もたつと、僕の体もあちらこちらが破け出し、だんだんほつれてきて、ぼろぼろになってきました。僕自信も限界を感じだしました。その様なおりに、ついに、僕は家の人によりごみ箱の中にぽいと捨てられてしまいました。
ごみ箱の中で、多くの紙屑達と一緒に、僕は燃されてしまうのを待つだけになりました。紙屑達は燃されてしまうことにぶうすか文句を言っていましたが、僕の心は平静でした。充実した僕の一生に満足でした。けれど一つだけ引っかかることが有りました。それは
「何故僕はタオルとして生まれてきたのだろう」
と言うことでした。
「タオルとしては何の役にも立たなかった。それならば、タオルとして生まれなかったなら、最初から雑巾として生まれていたなら、もっと僕の心は平静だっただろう」と悔やまれています。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(33)鶏頭
夏も終わりに近づいてきました。じりじりと照りつける太陽の光を浴びて、農家の庭に、真っ赤な鶏頭の花が咲いていました。背筋を真っ直ぐに伸ばして、前後左右に、葉っぱを一杯に広げて、さも自慢そうに立っていました。そのてっぺんにつけた真っ赤な花がついていました。鶏頭は、鶏のとさかより大きくて立派だと、自分の花を自負していました。
雀が側の地面に降りてきて、地面の餌をつっつきながら言いました。
「おやおや、なかなか見事ですね。あんた程立派な鶏頭の花は、他にありませんよ。」
それを聞いて、鶏頭は嬉しくなりました。
「ああ、すずめさん。ありがとう。すずめさんも、なかなかの美人ですよ。これだけたくさんいるすずめさんの中で、あなたが一番ですよ。」
雌鳥が地面に落ちている餌を捜しながらやってきて言いました。
「おやおや、私の頭のような花が有るわ。なかなか見事ね。私のとさかより大きいし、すてきじゃないの。」
それを聞いて、鶏頭は嬉しくなり言いました。
「鶏さんのとさかの方もすてきだと思いますよ。私のは堅いですが、あなたのは柔らかそうで、さわっても気持ち良さそうですね。」
鶏達の間での鶏頭の噂を聞いて、雄鳥がやってきました。
「鶏頭ってお前のことか。なるほど俺の頭に良く似ている。おい、鶏頭。俺に許可無しに、俺の真似をする事はゆるさんぞ。へし折ってやるぞ。」
それを聞いて鶏頭の花はびっくりしました。「雄鳥さん、私は決して真似をしたわけではありません。こんな形に生まれてきただけなんです。第一、私は植物です。歩くこともできません。それに比べて、雄鳥さんのとさかはなんと素晴らしいのでしょう。そのすてきなとさかをみんなに見せてあることもできるじゃあないですか。」
「そりゃあ、俺のとさかにかなうものはあるまい。しかし、名前が気にくわん。鶏頭と言う名前が許せん。お前を俺達と同じだと言うことになってしまう。何か他の名前にしろ。名前を変えないとへし折るぞ。」
「本当の私の名前は鶏頭でなくて、毛糸です。確かにとさかに似ていますが、良くみると毛糸のように細い糸が束ねられてできているでしょう。まるで毛糸でできているみたいなのです。ですから毛糸と言う名前なのですが、いつのまにか間違って鶏頭と呼ばれるようになりました。私は毛糸なんです。」
「毛糸か。なるほど鶏頭ではなかったのか。それじゃあ、まあいいか。」
雄鳥は納得して、立ち去りました。鶏頭はほっと胸をなぜおろしました。雄鳥が見えなくなると、鶏頭はあかんべえをしました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(34)爆撃機
季節は晩秋。既に紅葉も始まっているのに、このところ何日か、暖かい小春日和が続いていました。そのせいか、この二、三日、蚊がでてきました。そんなある夜、僕が眠っているときのことでした。僕は低い飛行音で目がさめてしました。敵機の来襲でした。僕は部屋の蛍光灯をつけました。僕は部屋中を見回してみました。けれど何処にも敵機は見あたりませんでした。
「うまくどこかに隠れたな。」
僕は布団から出て、本棚や机の周りや、蚊が隠れそうな所を皆捜してみました。
「チェ、うまく逃げられた。しかたない。又寝るかな。」
僕はもう一度布団に潜り込みました。
しばらくうとうとっとしたところで、僕は又、低い飛行音で目をさまされました。
「敵機のやつ、又現れたな。」
と思ったとき、僕の左の頬が痒いのに気がつきました。
「やられた。お返しに、絶対に見つけてやっつけてやる。」
僕はもう一度部屋の明りをつけました。蚊が飛んでいました。僕はそれに飛びつくようにして、攻撃を加えました。僕としてはうまく敵機を補足、破壊した積もりでしたが、僕の手のひらには、蚊を捕まえた、何の痕跡も残っていませんでした。
「逃げられたか。敵もさるもの。それじゃあ、こっちも、新兵器を使おう。」
僕は戸棚から殺虫スプレーを取り出しました。それを右手に持って、いつでも発射できるようにレバーに指をかけたままで、敵機の捜索を続けました。しかし、敵機はなかなか発見できませんでした。
ふと白い壁を見るると、普段は見かけない小さな、汚れのようなものがありました。
「ひょっとしたら、敵機。直ちに攻撃開始。」
僕はその壁の汚れに、殺虫スプレーによる集中砲火を加えました。敵機はそれを避けるために飛び上がりましたが、殺虫剤の霧の中を飛行中に、すぐに床の上に落ちてしまいました。
床の上の御敵機は、僕の血を吸ったらしく、黒いお腹をしていました。痙攣が来ていたのでしょう。羽根と足とをぴくぴくさせていました。
「可愛そうだが、仕方が無い。ごめんね。」
そう言うと、僕は敵機の羽根を掴んで、ぽいと、ごみ箱の中にほおりこみました。
「これで作戦は終了。」
僕は布団に潜り込むと、大きなあくびをした後、痒い頬をぼりぼりかきながら、今度は安心して、ぐっすりと深い眠りにつきました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(35)千代ちゃんのやけど
お父さんは仕事がたいへんに忙しいです。日曜日でも出勤をして、ほとんど家にいません。そのお父さんが久しぶりに、日曜日にお休みを取りました。小春日和の気持ちのよい午後でした。お父さんお母さんは千代ちゃんを連れて、公園に遊びにきていました。
遊び疲れた千代ちゃんは、キャンピングシートの上で、大の字になって寝ていました。暖かい太陽の光を浴びて、時々千代ちゃんはお口をもぐもぐさせていました。その側に座って、お母さんは幸せそうに千代ちゃんを見つめていました。お父さんはどこかへ散歩に出かけていました。
お母さんがお茶を飲もうとして、ポットを持ち上げました。そのとき、ポットの栓がよく閉まっていなかったので、ポットの中のお湯が、ジャアッとこぼれてしまいました。そのこぼれたお湯は、寝ていた千代ちゃんの右の足に、まともにかかってしまいました。
「ぎゃああ。」
千代ちゃんはびっくりして、目をさまして、大声で泣きだしました。
「しまった。どうしましょう。」
お母さんは気持ちが動転してしまって、どうして良いかわかりません。やっとの事で気を取り戻すと、大急ぎで千代ちゃんのズボンを脱がせました。千代ちゃんの右足が赤くなって、一部は皮膚が白くなり、ぶよぶよしていました。お母さんにも、千代ちゃんが大変はやけどをしたとわかりましたが、どうして良いものか、全くわかりません。千代ちゃんは激しく泣いていました。お母さんは千代ちゃんを抱きしめて、
「痛くない、痛くない。」
と繰り返すだけでした。
千代ちゃんの泣き声を聞いて、お父さんが駆け足で戻ってきました。
「千代、どうしたんだ。」
「ごめんなさい。ポットのお湯をこぼして、千代ちゃんのあんよを、こんなにやけどさせちゃったの。」
お母さんも泣きそうでした。お父さんは、お母さんから千代ちゃんを受け取ると、
「そうか、痛いか。痛いだろうな。千代、痛いだろう。千代、がんばれ。千代、痛いだろうけれど、がんばるんだよ。」
と言いながら、千代ちゃんをだっこしたまま、水道に向かって走りました。お父さんは千代ちゃんのやけどをしたあんよを水で冷やすと、濡れたハンカチをやけどの上に当てて、帰ってきました。千代ちゃんはまだヒクヒクとさせていましたが、泣くのは止めていました。「千代、とてもいいこだねえ。」
お父さんは頬擦りをしました。お母さんは
「千代ちゃん、ごめんね。お母さんが悪かったの。ごめんね。」
と言いながら、千代ちゃんの泣いた後の顔をのぞき込みました。
「ともかく、急いで帰って、お医者さんへいこう。」
お父さんはお母さんを促しました。お母さんは急いで帰る支度を始めました。千代ちゃんはお父さんに抱かれて、
「あんよ、いたい。あんよ、いたい。」
と舌の回らない言葉を繰り返していましたが、すっかり機嫌を取り戻していました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(36)羽のある馬
あたりが騒々しいので、聖君は目をさましました。部屋の中は微かに明るくなっていました。こんなにうるさいのに、二段ベットの下の段に寝ている翔大君は、平気で眠り続けていました。聖君はベットから降りて、しらじみかけた空を、窓から覗いてみました。まだ、たくさんの星が輝く中を、三匹の白い馬が、追いかけっこをして、走り回っていました。
聖君はぼんやりと、馬達を見つめていました。
「きれいな馬だなあ。あの馬の背中に乗って、走ってみたいな。」
と思いました。すると、三匹の中で一番大きな馬が、聖君に向かって言いました。
「ここまでこれるかい?ふ、ふ、ふ。聖はここまで飛び上がれないだろう。は、は、は。」
聖君はとても悔しく思いました。だって、誰だってあんな高い空まで、飛び上がれる訳がありませんから。すると、また、馬が笑いながら言いました。
「は、は、は。ここまで来れば乗せてやるのになあ。聖は意気地がないから、ここまで飛び上がれないのだろう。」
聖君は怒りました。
「やるだけやってみてやろうじゃあないか。」聖君は窓枠によじ登ると、空めがけて飛んでみました。すると聖君の体はロケットの様に空高く飛び上がり、馬の背中に飛び乗ってしましました。
馬は驚いたようでした。背中についた大きな羽を激しくはばたかせながら、すごい早さで大空を駆け回りながら、言いました。
「聖、やるじゃあないか。それなら、この速さが恐いだろう。我慢ができるか?」
本当は聖君は恐かったのです。馬の背中に飛び乗れるとは少しも思ってもいませんでした。ただ窓から庭に飛び降りる積もりでいたものですから、事の成りゆきにびっくりしていました。聖君は必死で馬のたてがみに捕まっていました。すると馬はめちゃくちゃに跳ね出しました。どうしても聖君を振り落とす積もりのようでした。それでも聖君は馬のたてがみにしっかりしがみついて、放しませんでした。すると、別の馬が聖君の側にやってきて、聖君を蹴飛ばしました。これにはさすがの聖君もたまりません。ついに馬の背中から、空中に放り出されてしまいました。
聖君は空を落ちて行きました。
「ああ、落ちる。たすけてえ。」
聖君は大声をあげました。大声を上げながら、聖君の家の庭にどすんと、落ちました。激しい痛みを感じました。手足の骨が折れたようでした。聖君は意識を失ってしまいました。
聖君は目をさましました。まだ薄暗い部屋の絨毯の上に横になっていました。体中の何処もいたくありませんでした。起きあがってみました。歩けました。聖君が飛び出したはずの窓はきちんと閉まっていました。聖君は翔大君の寝ている側の梯子を登って、自分のベットに潜り込みました。大きなあくびを一つすると、すぐに又、寝入ってしまいました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(37)夕焼けと消防ポンプ
お兄ちゃんが竹づつとビー玉とぼろ布で、水を飛ばすポンプを作ってくれました。水をいれた洗面器にポンプの底をつけて、内側の竹の筒の穴を指で抑えて、その筒を引っ張りました。その後、その筒を外側の筒の中に力いっぱい押し込むと、内側の筒の穴から、勢い良く水が飛んで行きました。それはまるで消防ポンプのようでしたから、研ちゃんは消防士さんになった積もりで遊んでいました。
近所の準ちゃんが遊びに来ました。そこで二人で消防ごっこをして遊びました。一人が洗面器を運び号令を出しました。もう一人が竹の筒のポンプをシュッコシュッコさせて、水をかけました。それが終わると、次には役割を交代して、二人で遊んでいました。
夏の太陽も西の空に沈み出しました。周囲が薄暗くなると、空の雲が真っ赤に、燃えるようでした。研ちゃんと準ちゃんはその真っ赤な空を見上げていました。思わず研ちゃんが、その真っ赤な空を指さして、
「火事だ。火事だ。」
と、大声で言いました。準ちゃんも負けずに
「火事だ。火事だ。消防ポンプ、出動。」
と、大声で言って、洗面器に水をいれて、運んできました。
「放水、用意。始め。」
準ちゃんが号令をかけました。研ちゃんが西の空に向かって、水を飛ばしました。
「火事だ。火事だ。」
「火事だ。火事だ。」
二人は代わりばんこに、西の空の夕焼けに向かって、水を飛ばしていると、
「何処が火事なの?」
と、隣のおばさんが窓から顔を出して言いました。二人はびっくりしました。
「おばさん、僕たち消防ごっこをしているんだよ。」
研ちゃんが言いました。
「なあんだ、遊びだったの。」
隣のおばさんは、怒ったような声で言うと、窓をバチャンと閉めてしましました。研ちゃんと準ちゃんはしばらくお互いを見つめあっていましたが、その後ゲラゲラと、大声で笑いました。その後も、あたりが真っ暗になるまで、二人は消防ポンプ遊びを続けました。
その次の夜も浩君は魔法使いのおばあさんから童話を聞きました。
(38)味噌汁
今日はお母さんの誕生日です。僕は誕生日のお祝いに、夕食の味噌汁を作る約束をしていました。でも、僕はまだ味噌汁を作ったことがありません。そこで何でも良く知っていて、僕が困ったときよく相談にのってくれるおじさんに、電話をかけて相談をしました。するとおじさんが、必ずおいしくできる即席味噌汁の袋を持って来てくれました。小さな袋一つだけですが、十人分作れると書いてありました。僕はこんな物で本当においしい味噌汁ができるのか、不安でした。そこでもう一度おじさんに電話をかけてみたら、
「絶対に上手にできるから、作ってご覧。お父さん、お母さんもびっくりするから。」
と笑いながら言いました。
お母さんが夕食を作り始める前に、僕は台所で味噌汁を作り始めました。袋の裏に味噌汁の作り方が書いてありました。
「袋の中身をおわんに入れて、十分にお湯を注いで下さい。すぐにできます。」
と書いてあるだけでした。
「十人分なのにおかしいなあ。量が少なすぎるなあ。」
僕は思いました。僕は食器だなからおわんを取り出すと、配膳台の上に置いて、袋の中身をすべておわんの中に出しました。袋の中に入っていたものは、わずかばかりの薄黄色の、とろろ昆布のようなものでした。そのおわんの中にポットのお湯を十分に注ぎました。するとおわんの中から、白い湯気がもうもうと立ち上がりました。その立ち上がった湯気はすぐ消えました。湯気が消えたとき、僕はびっくりしました。おわんの中から、白い着物を着た小人が飛び出してきたからです。その小人は小声で鼻歌を歌いながら、ぴょんと床へ飛び降りると、鍋の入っている戸棚をあけました。戸棚からアルミの鍋を取り出すと、今度は流しへ飛び乗って、鍋にお水を入れました。それをガス台へ運ぶと、ぱちんとガスに火をつけました。ガスに火がつくと、たちまち鍋のお湯が沸騰を始めました。小人は冷蔵庫の扉を開けて、豆腐となめこを取り出しました。その豆腐となめこをまな板の上において、小人の背丈ぐらいある包丁で小さく切ると、ぽとん、ぽとんと、鍋の中へ投げ入れました。
小人はしきりと、鼻歌を続けていました。僕もその歌が面白かったので、すぐに覚えて一緒に歌いました。
パチンとガスの火をつけた。
ぷくぷくぷくとおゆがわいた。
ポトンポトンととうふが入る。
ぬるぬるっとなめこも入る。
おゆの中でおどっている。
みそをいれたらいいにおい。
食べたらとってもまんぞくまんぞく。
今日のみそしるは100点まん点だ。
小人は歌を歌いながら、味噌を鍋にいれて、その後、自分も味噌汁の中に飛び込んで、消えてしまいました。
僕は驚いて、急いで味噌汁かき回してみました。味噌汁の中には小人はいませんでした。その代わり、おいしそうな臭いがぷうんと立ちこめました。僕は味噌汁を一口飲んでみました。味噌汁は他に比べ物が無いぐらいにおいしかったのです。
臭いにつられて、お母さんが台所にやってきました。
「あら、もう味噌汁をつくっちゃったの。いい臭いね。おいしそうね。どれどれ。」
と言って、お母さんも味噌汁を一口飲んでみました。
「おや、本当においしい。よっちゃん、本当においしいわ。すごいね。じょうずね。」
とお母さんは感心していました。あまりお母さんが誉めるものだから、
「この味噌汁は小人が作ったので、僕が作ったのではない」
とは、言えませんでした。もし、僕が本当の事を言ったとしも、きっとお母さんは信じなかったと、僕は思いました。
話終わると、魔法使いのおばあさんはほっと大きな息をつきました。
「さあ、浩君、私のお話はこれですべておしまいだ。私の知っている話は皆話しました。これで私は安心して魔法の国へ帰れる。」
浩君は不思議に思って質問をしました。
「おばあさん、なぜ僕にお話をしてくれたの?」
「それはね、浩君ならきっと最後まで聞いてくれるとおもったからさ。ありがとうね。また、お話がたまったらやって来るから。」
「おばあさん、いろいろなお話をありがとう。」
浩君はふくろうの背中に乗って家へ帰りました。それ以後もうふくろうは浩君を迎えにきませんでした。そして童話の館もいつのまにか無くなっていました。