友達

 たっちゃんは心を閉ざしていた。何にも興味を示さなかった。放っておくと、一日中自分の部屋の中央で、黙ってじっとしていた。お母さんは心配で、たっちゃんを病院へ連れて行こうとした。しかしたっちゃんは激しく泣き、暴れて、病院の中へは入って行こうとはしなかった。時々同級生が、学校からの連絡物を持って来たが、たっちゃんは一度も部屋から出てこなかった。

 ある日、お父さんは小犬を連れて帰ってきた。テイルと言う名の、とても大人しい、可愛い、茶色の小犬だった。テイルは部屋の片隅の段ボールの中で、お父さんに呼ばれるのをじっと待っていた。お父さんは時間を見計らってテイルを呼んだ。テイルは嬉しそうに段ボールの箱の縁を飛び越えると、お父さんにじゃれついた。お父さんは餌を与えたり、庭に連れ出してワン(おしっこ)やツウ(大便)をさせた。

 天気の良い日には、お父さんはテイルを庭に連れだして、シット(お座り)やウェイト(待て)、カム(来い)、ストップ(止まれ)などの訓練をしていた。テイルはまじめくさった顔をして、お父さんの訓練を受けていた。テイルが上手にできると、お父さんは

「グッド、グッド」

と言って、テイルを誉めた。テイルは誉められたことが分かるようで、嬉しそうに尻尾を振って、お父さんの顔を見つめていた。

 たっちゃんはガラス戸越しに、その様子をそっと見ていた。きっとお父さんに見つかるのが嫌だったのだろう。でもたっちゃんのその目はテイルの一挙一動を漏らさず追っていた。とても優しい眼差しだった。お父さんはたっちゃんには無頓着だった。訓練が終わると、お父さんは楽しそうにテイルと追いかけっこや、棒を引っ張り合って遊んでいた。

 テイルが来て何日かたった夜中のことだ。居間の電気がついてたっちゃんが現われた。テイルは頭だけ持ち上げて、たっちゃんを見ていた。たっちゃんはテイルの側に来ると、しゃがみ込んでテイルの頭を撫でた。テイルは目を細めて、嬉しそうに尻尾を振った。その後、テイルはたっちゃんの手をぺろぺろと嘗めた。たっちゃんは暫くテイルを見つめていた。テイルも時々尻尾を振って、たっちゃんを見つめていた。隣の部屋ではお父さんがその物音にじっと耳を傾けていた。

 何日かたつと、たっちゃんは昼間も居間に現われてテイルと遊ぶようになった。それから何日かたつと、テイルの寝床の段ボールの箱は、たっちゃんのベットの側に置かれるようになった。それから何日かたつと、テイルのワン、ツウもたっちゃんが面倒をみることになっていた。たっちゃんとテイルとは仲の良い友達だった。散歩に出るときも、テイルはたっちゃんの左の足元に従って歩いた。テイルはたっちゃんの気持ちを敏感に感じとって、たっちゃんの指示によく従った。

 ある日の夜、たっちゃんはテイルの辛そうなか細い鳴き声で目がさめた。いつもなら丸くなって寝ているテイルなのに、横になっていて、頭すら持ち上げなかった。たっちゃんがテイルの体に触ると、痛いと言うようにキャンキャンと鳴いた。たっちゃんはただ事ではないと思い、お父さんを起こしに行った。

「これはおかしい。ともかく獣医さんにみせなくては。朝になったら、一番に獣医さんに電話をしてみよう。」

お父さんは言った。たっちゃんは朝までテイルの側で、テイルが元気になるようにと祈る気持ちで、テイルに付き添っていた。

 朝になって、おとうさんは獣医さんと連絡をとり、すぐに受診させることになった。たっちゃんとテイルを車の後部座席に乗せて、お父さんは高速道路を走って、獣医さんの所に行った。獣医さんは、とても難しい病気の可能性が高いから、すぐに入院させると言われた。お父さんとたっちゃんはテイルを病院に残して帰らなくてはならなかった。たっちゃんは泣いたけれど

「テイルは病気で苦しいし、ひとりぼっちになるから、僕よりもっともっと辛いよね。」

と涙を拭きながら言ったには、お父さんがびっくりした。

 お父さんはテイルがいなくなったので、たっちゃんが元のように自分の中に閉じ込もるのではないかと心配して、たっちゃんを見つめていた。けれどその後のたっちゃんは、テイルに手紙を書いたり、テイルの絵を描いたり、作文を書いたりして、とても元気だった。

 テイルは二週間して、元気になって帰ってきた。それから一年後、テイルはたっちゃんよりも大きくなって、盲導犬になるために訓練所に帰って行った。テイルはよっちゃんを快活な男の子にしてくれた。テイルがいなくなって、たっちゃんには家の中の生活が退屈になった。そこでたっちゃんは学校へ行くと言い出して、毎朝元気にランドセルをしょって学校へ行きだした。

 

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