鳩時計の鳩   須藤 透留

 

 僕は鳩時計の鳩です。一時間毎に鳩時計の扉を開けて、其の時間の数だけ

「ぽー、ぽー、ぽー」

と鳴くのが僕の仕事です。鳴き終わるとあと一時間は何もすることが有りません。時計の中の暗くて小さな部屋で次の鳴く時をじっと待っているだけですからとても退屈です。ついついうとうとと居眠りをしてしまいます。居眠りをしているとすぐに一時間が立ってしまいます。すると時計君が僕のことをつついて、

「寝ていないで、早く鳴け!」

と促します。僕は慌てて鳴き始めるのですが、僕も慣れたもので、今まで鳴く回数を間違えたことはありません。

 扉を開けて鳴く時、僕は明るい部屋の中や窓の外を見ます。そこには僕の興味をそそるような物が沢山有りました。それらを見る度に、僕はこの鳩時計を飛び出して、広い世界を見てみたいと思うようになりました。その様に思っても、僕は時計にバネでしっかりと繋がれていました。とてもこの時計から逃げ出せるとは思いませんでした。ただただ、

「表に飛んで行ってみたいなあ。」

と思い続けるだけで、何年かの月日が過ぎ去って行きました。

 ある日の事でした。長年僕の足を繋いでいたバネがぷつんと切れてしまいました。僕は自由になったのでした。時計君が止めるのも無視して、僕は扉を開けると、思い切って羽ばたいてみました。僕はやはり鳥だったのですね。すぐに僕の体がふんわりと宙に浮いて、僕は部屋中を何回も飛び回ることができました。

 「ゴッツン。、ガチャ、ガチャ、ガチャーン」

僕が窓から明るい外へ出ようしたら、何かに激しくぶつかり、床の上に落ちてしまいました。そうです。透明な窓ガラスにぶつかってガラスを壊してしまいました。僕は気を取り直すと、破れた窓ガラスの所を通って、家の外に飛び出して行きました。

 初めて飛ぶ空は明るくて、広くて、とても気持ちが良いものでした。家の庭には色とりどりの花が咲いており、綺麗な蝶が、その上を舞っていました。僕が木の枝に止まってこの様子を眺めていると、雀が数羽飛んで来て、僕の周りに止まりました。

「やあ、始めまして。今日は」

と僕が言うと、雀達は僕の事をじろじろ眺めながら、

「お前、この辺では初顔だな。悪い奴じゃあないようだ。よろしくな。」

と言って、雀達は飛んで行ってしまいました。

 僕がいい気持ちで空を飛んでいると、僕の何倍もあるような鳥が、僕のそばに飛んで来ました。

それは鳩でした。その鳩が僕を馬鹿にして言いました。

「なあんだ、おまえ。鳩かと思って来てみたら、ずいぶん変な鳥だなあ。お前は一体なんと言う鳥だい?」

「僕は鳩だよ。」

「笑っちゃうよ。お前みたいな小さな鳩はいないぜ。あっはっはっは。」

鳩は笑って飛んで行ってしまいました。

 僕が空を飛んでいると、真っ黒な鳥が僕を襲ってきました。烏でした。僕はどうして良いのか全く解らない内に、烏は僕をつかまえると、僕を烏の巣まで運んで行きました。そこには烏の雛が四匹いました。烏は僕を食いちぎろうとしましたが、僕は硬い木で出来ています。いくら烏の嘴が鋭いといっても、僕を食いちぎることは出来ませんでした。烏は諦めて、僕を巣の外へ蹴飛ばすと、餌を求めてどこかへ飛んでいきました。僕も気持ちを取り直して、空に向かって飛び立ちました。

 空を飛んでいると、後ろから大きな大きな茶色の鳥が、僕を追いかけてきました。烏よりはるかに大きな鳥です。こんな鳥に捕まると、いくら僕が木でできているといっても、ひとたまりもありません。僕は必死で逃げました。逃げても逃げても、其の大きな鳥は其の大きな鋭い嘴を開けて、僕に襲いかかろうとしました。僕は僕がいた家を見つけることが出来たので、僕が飛び出した窓から、家の中に飛び込みました。

 外は広くて気持ちがいいけれど、恐いことばかりでした。僕は

「外ではこんなに恐いことばかりが続くのならば、単調だが平和な時計の中の方が、安心できて、居心地がいいや。」

と思いました。

 その後は、僕はもう時計から逃げだそうとはしないで、今も一時間毎に鳩時計の扉を開けて、時間を告げる生活を続けています。

 

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