蛍袋
小学校から帰ってみると、庭に蛍袋が咲いていました。赤紫の花でした。スミちゃんはこの花が咲くのを、今か今かと待っていました。スミちゃんは、蛍がたくさん家の庭に集まって欲しいと、思っていました。蛍袋が咲くと、その花から蛍が生まれて、その花を寝ぐらにして、蛍がたくさん集まるだろうと考えていました。夜になると、蛍が飛ぶ様子を見ることができるのではないかと思っていました。
≒まだスミちゃんは蛍を見たことがありません。けれど物語や図鑑で、蛍の事は知っていました。夜、おしりのところから青白く、きれいな光を放って飛ぶ、黒っぽい虫だと言うことは知っていました。そこでスミちゃんは、咲いたばかりの蛍袋の花を、じっと見つめていました。その袋状になった花の入口を見つめ続けて、そこから蛍が出て来るのを待ち続けていました。
蜜蜂が飛んで来ました。花の周りを一、二周飛び回ると、花の入口から中へ入って行きました。
「あら、あら。だめねえ、蜜蜂さんは。蛍さん達はまだ安んでいるんだから、じゃましちゃあだめよ。それとも、蛍さん達が招待したのかしら?」
スミちゃんは蜜蜂に呼びかけてみました。蜜蜂はスミちゃんの呼掛けを無視しました。一分もすると蜜蜂が蛍袋の花から出てきて、すぐにどこかへ飛んで行ってしまいました。
しばらくすると、蛍袋の花の入口から、黒っぽ一ミリ位の小さな虫が出てきました。
「あら、蛍かしら。蛍にしては小さいねえ。でも蛍の赤ちゃんかしら。まだ、花が咲いたばかりだから、蛍もまだ赤ちゃんなんでしょう。これじゃあ、まだ、夜明りをつけて飛ばないかも知れないわ。」
その黒い小さな虫もどこかへ飛んで行ってしまいました。
スミちゃんはかなり長い間、蛍袋の花を見つめていました。しかしそれ以後、花からは何も出てきませんでした。スミちゃんは思い切って、蛍袋の花の入口から、花の中を覗いてみました。花の内側には、黄色いものと、白いものがごちゃごちゃと有るだけで、とても蛍がいるようには思えませんでした。
「蛍さん、もう、どこかへお出かけしちゃったのかしら。昼間は蛍袋の中でお休みしているはずなのに、変ねえ。」
スミちゃんは花を見るのを止めて、家の中へ入って行きました。
夜、夕食が終わると、スミちゃんは暗い庭に出てみました。そこはいつもと同じ夜の庭でした。蛍はいませんでした。スミちゃんは時間を置いて又庭に出てみました。やはり蛍はいませんでした。
「蛍さんはは遠くの小川の流れているところへ飛んて行っているんでしょう。」
とスミちゃんは思いました。