かえでの木

 昔、昔、あるところに、広い、広い草原がありました。その草原の中に、かえでの苗が小さな目を出しました。かえでの小さな苗は背が低くて、他の草たちに陰でひっそりと生きていました。他の草たちはかえでの苗を「日陰者」とか、「ちび」と呼んで、笑っていました。しかしかえでの苗は、それが自分の運命だ、自分はこのようにして生きるのだと信じていましたから、他の草たちから何と言われようと平気でした。
 やがて秋が来て、草たちはどんどん枯れて倒れていきました。かえでもその手のひらのような葉っぱを赤く、美しく色づかせてました。かえでにとっては思いもつかない変化でした。かえでは美しく色づいた自分の葉っぱを見て、「私もまんざら捨てた物ではないな」と思いました。茶色く枯れた草たちを見て、少し自慢をしたくなりました。しかし、「このような運命もあるのかな」と思うことにして黙っていると、やがて木枯らしが吹き出して、楓の美しく色づいた葉っぱを皆吹き飛ばしてしまいました。
 寒い冬がやってきました。まず枯れた草たちを雪が覆い隠しました。楓は真っ白く広がる雪原に、ぽつんと取り残されて、寂しさがおそってきました。楓は寒さに震えながら、吹雪に耐える毎日でした。「他の草たちはもうとっくに枯れてしまった。私はこうやって生きている。こんな運命もあるのかな。」と思うことにしました。毎日、毎日、冷たい風が荒れくれて、雪がどんどん積もっていきます。かえでもすっかり雪に埋もれてしまいました。そこでかえでは眠ることにしました。
 かえでは昏々と眠り続けました。どれほど眠り続けたのか、全く分かりませんでした。かえでは暖かい日光が自分を照らしていることに気づいて、目を覚ましました。周りは未だ真っ白な雪原です。体半分を雪の上に出したかえでは、大きなあくびをした後、枝につけていた芽をふくらませ始めました。小さな芽がふくらんで、葉っぱになった頃には、野原の雪はほとんど全て融けました。雪の下に隠れていた枯れ草を押分で、草たちが芽を出し始めました。
 かえでは嬉しくなりました。もう一人ぼっちではなくなったのです。他の草の芽達を見下しながら、
「お久しぶりですね。暖かくなりましたね。」
と言いました。けれど他の草たちはぷいとよそを向いて、かえでのことを無視しました。きっと今でチビだとけなしていたかえでが、上の方から声を掛けてきたので、不愉快だったのでしょう。
 春になり、お日様の光が強くなりました。かえではいっぱいに太陽の光を受けて、はを広げ、背丈も伸ばしていきました。草たちも太陽の光をいっぱいに浴びて、どんどん背を伸ばしていきました。そしてかえでの背丈と同じぐらいになってしまいました。草たちは赤や白、黄色の綺麗な花をつけました。とても良いにおいを風に乗せてあちら腰らに送っていきます。その臭いに惹かれて、チョウチョや蜂たちが花に集まって、楽しそうに会話が弾んでいました。かえでは羨ましかったけれど、「これも自分の運命だ」と思うことにしました。
 やがて花は落ちて、草たちが枯れる秋が来ました。かえでの葉っぱは、真っ赤なドレスを着たように美しく色づきました。いくら綺麗に色づいても、それを誉めてくれるチョウチョや蜂たちはどこかに行ってしまい、もういませんでした。かえでは「これも自分の運命だ」と自分に言い聞かせて、やがて来る寒い冬を迎える準備を始めました。冷たい北風がかえでの真っ赤な葉っぱを吹き飛ばして、冷たい雪が野原を覆い尽くし、かえでも雪の下で眠りにつきました。
 春になって、お日様の光が強くなり、野原の雪をどんどん融かしました。「お日様さん、お久しぶり。又よろしくね。」と言って、かえでは雪の上に早々と身を乗り出しました。大きなあくびをすると、その枝云に青々とした新芽を広げて、背も伸ばしていきました。草たちも地面から雪が無くなる頃になると次から次へと芽を出して、その背丈を伸ばしていきました。かえでは無言で、その草達の姿を見つめていました。
 かえでは何か変だなと思いました。それは草たちがどんどん伸びてきているのに、いつまで経っても草たちがかえでよりも下の方に見えるからです。初夏になって、草たちは昨年と同じように、赤や白、黄色の美しい花をつけました。良いにおいを周囲に漂わせて、綺麗な蝶や蜂たちが集まってきましたが、それの様子が自分の下の方に見えるのです。かえでは野原いっぱいに広がるお花畑を見渡すことができるようになっていました。かえでは草たちから「日陰者」とか「チビだ」と言われなくなりました。


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