柿の木から落ちたお地蔵さん   須藤 透留
 
 昔々、ある村外れの道端に、古いお地蔵さんが一体立っていました。お地蔵さんはいつも一人ぼっちでしたから、近くを飛んで行く小鳥達を呼び止めては、おしゃべりをして楽しんでいました。
 或秋の日の事でした。お地蔵さんの近くに生えている大きな柿の木にカラスが一羽飛んで来て、柿の実をおいしそうに食べ始めました。そこでお地蔵さんは暇つぶしにカラスに声をかけました。
「おおい、カラス君。今年の柿はどうかね。おいしいかね。」
「やあ、お地蔵さん。今日は。今年の柿は豊作でね。おいしいのが沢山食べれて有難いですよ。」
「うん、そうだね。今年の柿は甘いねえ。先日村人が柿をくれたんだよ。とてもおいしかったよ。だがね、年を取ったせいか最近歯の調子が悪くてね。柿を食べている時、うっかり種を噛んでしまってね、その痛かったことたら、とても辛かったよ。その内、村の人に頼んで歯を治してもらってから食べることにするよ。」
「お地蔵さん、人間みたいに硬いのを食べるからいけないのですよ。私達みたいに、このように真っ赤に熟したのを食べればいいんですよ。中はグジュグジュにとろけていて、すすると柿のジュースになって口の中に広がって、例え様の無いおいしさですよ。」
と言って、カラスは真っ赤に熟した柿の実の中に口ばしを突っ込んで、おいしそうに実をすすって見せました。その様子がとてもおいしそうだったので、お地蔵さんもついつい生唾を飲んでしまいました。
 村人が色々な食べ物をお供えしてくれるので、お地蔵さんは甘柿も干し柿も食べたことがありますが、まだあのカラスが食べた様な、真っ赤に熟した柿を食べたことはありません。お地蔵さんは是非食べてみたいものだと思いました。
 お地蔵さんは大層いたずら好きでもありました。日中はいつもの道端にじっと立っていましたが、夜になると遊びに出かけることがしばしばありました。時には日中でも立っているのが嫌になると、座ったり横になったりしていましたので、村人達はこのお地蔵さんのことを「気まぐれ地蔵」とよんでいました。
 お地蔵さんは、夜になったら柿の木に登って、真っ赤に熟した実を食べてみようと思いました。木登りをしたことのないお地蔵さんのことですから、誰も見ていない時を狙って木登りをしようとすることは理解できますよね。村の子ども達がスルスルと木登りするのを見ていましたから、お地蔵さんにも簡単に木登りができるもんだと考えていたのです。 辺りが真っ暗になってからお地蔵さんは柿の木に登り始めました。低い所にある枝に手を掛けて満身の力を込めて登り始めました。しかし、お地蔵さんの体は石でできているためにとても重いのです。やっとのことで1メートルぐらの高さに登れた時のことでした。足を乗せていた枝が突然ぽきっと折れて、お地蔵さんは地面に落ちて腰をいやっというほど打ってしまいました。その時の痛かったの何のって、さすがのお地蔵さんも自分が死んでしまうのではないかと思った程でした。
 お地蔵さんは這うようにしていつもの場所に戻ると、三日ばかり寝込んでしまいました。側を通る村人達はお地蔵さんが寝込んで居ても、特別気にも留めませんでした。又いつものお地蔵さんの癖で横になっているのだろうと思ったからです。
 近くに住む野兎が朝、晩とやって来て、お地蔵さんの世話をしてくれました。草の葉を小川の水で冷やして腰に当ててくれました。供物の中からおいしそうな物を食べさせてくれたり、自分でもお地蔵さんの好きそうな物を作ってきて、食べさせてくれました。
 例のカラスは毎日のように柿の木にやって来ると、真っ赤に熟した柿の実をつつきながら、ニヤニヤと薄笑いして、ちらりちらりとお地蔵さんを横目で見下しました。そして柿の実を腹一杯に食べた後には
「アーホウ、アーホウ」
と言いながら飛んでいきました。
 お地蔵さんはその後二度と木に登ろうとは考えませんでした。
 
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