風邪薬   須藤 透留

 

 美紀ちゃんは風邪を引きたがっていました。風邪を引くと、お医者さんからの薬が飲めるからです。ところが美紀ちゃんはめったに風邪を引きません。風邪を引かないために、美紀ちゃんは風邪薬を飲んだ事がありませんでした。

 美紀ちゃんの弟は達夫君といいました。達夫君はよく風邪を引きました。風邪を引くとお母さんは、あわてて達夫君をお医者さんへつれていきましま。達夫君のお医者さんはとてもおもしろいお医者さんでした。お医者さんでしたが、いくたびに診療室で達夫君と遊びました。その様子を美紀ちゃんは、お母さんと手を繋いで見ていました。診察が終わると達夫君には、ピンク色をしたお薬をくれました。そのお薬を達夫君はご飯を食べた後に、お母さんからスプーンで飲ませてもらっていました。いつも達夫君はおいしそうに、舌うちをしながらお薬を飲みました。飲み終わると

「ママ、もっと。」

と言いました。お母さんはにこにこして、

「もう、おしまいよ。また御飯の後にね。」と言いました。それを見ていた美紀ちゃんは、「風邪のお薬って、そんなにおいしいものなのかな?」

といつも思いました。いつか風邪を引いて、お薬を飲んでみたいと思っていたのでした。

 ある日、達夫君がお薬を飲み終わった後、お母さんが見ていないときに、美紀ちゃんは思い切って、達夫君がお薬を飲むのに使ったスプーンをなめてみました。スプーンには、わずかに甘くてちょっと苦い、美紀ちゃんには魅力的な味が残っていました。ますます美紀ちゃんはお薬を飲んでみたくなりました。そこで美紀ちゃんは、どうしても風邪を引こうと決心をしました。

 美紀ちゃんが薄着で遊んでいると、お母さんはいつも

「風邪を引くといけないから、これを着なさい。」

と言って、上着やセーターを美紀ちゃんに着せました。そのことを思いだした美紀ちゃんは薄着で友達と寒い外で遊びました。しかし美紀ちゃんはどうしても風邪を引くことができませんでした。

 ある時、美紀ちゃんは

「クション、クション。」

とくしゃみをしました。そこですぐに、お母さんのとろへ飛んで行って、

「かあちゃん、風邪引いた。」

と言いました。お母さんは美紀ちゃんの額に手を当ててから、心配そうな顔をして、

「どれどれ、熱を計ってみましょう。」

と言って、体温計を美紀ちゃんの脇の下に入れました。

「六度七分ね。ああ、良かった。大丈夫。冷えただけでしょう。寒くないように、セーターを着ましょうね。」

と言って、美紀ちゃんにセーターを着せました。美紀ちゃんは、不満でした。美紀ちゃんは三回ほど咳のまねをしました。

「コン、コン、コン」

「あら、あら、咳も出てるの。それじゃあ、少し寝てみましょう。布団を敷いて上げるからこちらにいらっしゃい。」

と言って、お母さんは布団を敷いて、美紀ちゃんを寝かせてくれました。美紀ちゃんは、お母さんの優しさが、少しだけ嬉しかったのですが、お母さんが一向に病院へ連れて行ってくれないので、退屈になって、起きて一人で遊んでいました。

 寒い冬のある日の朝、美紀ちゃんはついに流行の風邪を引いてしまいました。頭が痛くて、だるくて、鼻水がずるずる出て、咳で苦しくなって、ご飯も食べれないで、辛くて動けませんでした。すぐにお母さんが自動車で病院に連れて行ってくれました。病院の待合室には、病気の子供を連れた母親がたくさんいました。美紀ちゃんはお母さんに寄りかかって、辛いのをがまんして、待っていました。

 看護婦さんに呼ばれて、お母さんにだきかかえられるようにして、診察室に入りました。そこにはいつものお医者さんが恐い顔をして、忙しそうにしきりと字を書いたり、お母さんに質問したりしました。その後、美紀ちゃんの口の中や胸や背中を診察すると、

「風邪ですね。お薬を上げます。待合室で待っててください。」

とそっけなく言いました。美紀ちゃんはまたお母さんにだきかかえられるようにして、待合室に出ました。

 美紀ちゃんはがっかりしました。お医者さんの態度が、達夫君の時とは全く違いました。いつもの面白いお医者さんでなかったので、つまらなかったのでした。でも今、美紀ちゃんは体の辛さに耐えれなかったので、そのことはすぐに忘れて、お母さんに寄りかかって、ぼーっとしていました。次の子供が呼ばれて待合室から診察室の中へ入って行きました。その後しばらくして、美紀ちゃんがまた呼ばれましたが、今度はお母さんだけが受付に行って、お金を払ってプラスチックの瓶に入ったピンクの水薬と袋を貰って来ました。美紀ちゃんは椅子の背にもたれて、ぼーっとお母さんのする事を見ていましたが、ピンクの水薬を貰ったのを見て、にっこりとしまして体を起こしました。やっとお目宛の薬を貰えたからでした。

 家に帰ると、美紀ちゃんは布団に寝かされました。その後すぐに、お尻から薬を入れられました。その時、ちょっと痛かったので、お尻をすぼめるようにしたら、

「だめじゃあないの。動かないで、じっとしていなさい。」

とお母さんに叱られました。

「やはり、病気は面白くないなあ。かあさんもどこかいつもと違うし。」

と美紀ちゃんは思って寝ていますと、今度はお母さんが美紀ちゃん用のかわいい小鳥の絵の書いてあるコップを持ってやってきました。

「さあ、今度はお薬よ。」

美紀ちゃんはゆっくりと上半身を起こして、コップを受け取りました。中には少しばかりのピンク色をした、シロップ状の薬が入っていました。やっと風邪薬が飲めるのですが、美紀ちゃんは体がだるくて、期待していたほどには、嬉しいとは思いませんでした。

 薬は一口で飲めました。甘い味が口中に広がり、おいしく感じました。ちょっとした苦みも有って、かえってそれもおいしく感じました。

「おいしいなあ。やっぱり、たっちゃんの薬とおんなじだ。」

美紀ちゃんは思いました。 

「もう、これだけ?」

「そうよ。次はお昼にね。」

美紀ちゃんはコップに残ったわずかばかりの薬をもう一度飲むと、コップをお母さんに渡して、再び布団に横になりました。

「お薬はおいしいけれど、やっぱり病気はいやだなあ。」

と美紀ちゃんは思いました。

 

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