熊の母さん

 

 木々の葉がだんだん色づいてきました。このところ毎日、小春日和が続いていました。熊の母さんは、もうそこまでやってきている寒い冬の準備に、忙しそうに働いていました。そのそばで、子熊のドンとトンとタンは、三匹でふざけあって、楽しそうに遊んでいました。それは母さんには少々邪魔のようでした。

「駄目じゃあないの。それは母さんがせっかく片づけたんだから。本当にもう、邪魔ばかりして。向こうに行って遊びなさい。」

「だって。」

「だって、もないでしょ。母さんは忙しいんだから。向こうに行って遊びなさい。本当にもう。いたずらばかりして!」

ついに母さん熊はかんしゃくを起こしてしまいました。三匹の子熊は連れだって、しぶしぶどこかへ行ってしまいました。

 その日の夜、楽しい夕食が終わりました。楽しいのは子供達ばかりで、母さんはご飯をよそったり、子供のこぼした味噌汁の後かたづけをしたり、おかずの取り合いの仲裁をしたり、さっさとご飯を食べるように促したり、夕食の食卓は戦場のようでした。食事が終わると、母さん熊は子供達を子供部屋に行かせて、居間で家族の服や下着の繕いを始めました。昼間の仕事で肩や腰が凝っていました。長い物差しで背中をトントン叩いていると、ドンがにこにこしてやってきました。

「母さん、これあげる。」

ドンは一枚の紙を差し出しました。

「あら、なにかしら。」

小さな四角い紙には、クレヨンできれいに、母さん熊の似顔絵と字が書いてありました。

「肩たたき券?期限無しですって?わあ、すてき。さっそく使ってもいいかしら?」

「よろしいですよ、患者さん。それでは、これから肩たたきをはじめます。」

と言ってドンはまじめな顔をして、母さんの肩をトントンと叩き始めました。ドンは以前かかったマッサージの先生のつもりのようでした。

 ドンの拳が気持ち良く母さん熊の肩を揉みほぐしました。まだまだ幼いと思っていたどんが、もうこんなに大きな力を出せるようになっているかと思うと、母さん熊は思わず涙が出てきました。

「もういいわ、先生。肩はとても楽になったわ。腰もお願いできるかしら。」

「よろしゅうございます、患者さん。ここに下を向いて寝て下さい。」

「はい、先生。これでよろしでしょうか?」ドンが腰をトントンと叩き始めました。その後、母さん熊の腰の上にまたがって、マッサージを始めました。

「先生、その場所、かなり苦しいのですが、どうでしょう?」

「ああ、患者さん。これはかなり凝っていますね。子供達を怒ってばかりいるから、腰まで凝るのですよ。患者さん。」

それを聞いた母さん熊は大声で笑いだしてしまいました。

 ドンの治療を終えた母さん熊は、大きく背伸びをしました。すると、台所でトンとタンがしきりと何かをしている音がしました。

「あの子達、また何をしているのかしら?」

母さん熊が台所を覗いてみると、トンが食卓の上を片づけて、ふきんで拭いていました。タンはしきりと茶碗やお皿を洗っていました。「また、余計なことを」

と母さん熊は思って、ドンとタンを叱ろうとしましたが、

「待てよ。ドンもタンも何かを考えて、せっかく一生懸命しているのだから。」

とそのまま放って於くことにして、母さん熊は服の繕いを続けました。

 夜遅くなって父さん熊が仕事から帰ってきました。母さん熊が服の繕いの仕事を止めて台所に行ってみると、食器はきれいに洗われて、明日のお米も研いでありました。きっとドンがしてくれたのだと母さん熊は思いました。父さん熊と寝室を覗いてみると、三匹の子熊はすやすやと眠っていました。父さん熊と母さん熊の布団も敷いてありました。

「父さん、私達の子供はみんないい子だねえ。本当に幸せだわ、私達。」

「うん、本当にいい子達だ。」

父さん熊も感心しました。その日から、ドンは肩たたきとお米研ぎ、トンとタンは夕食の食卓の後かたづけと布団敷きをやってくれるようになりました。

 ある日の午後の事でした。ドンとタンはすでにどこかへ遊びに行っていませんでした。母さん熊が居間で一息ついていると、タンがやってきました。タンはまだ幼いので兄達と一緒に遊びに連れて行ってもらえません。

「かあちゃん、肩叩いてあげる。」

「え、タンも肩、叩いてくれるの?」

「うん、これ、肩叩き券。」

と言って何かを破いた小さな紙切れを差し出しました。そこには字とも絵とも分からないものが、クレヨンで書いてありました。

「そう、ありがとね。じゃあ、さっそく肩たたきしてもらおうかしら。」

タンは母さん熊の肩を叩き始めました。力の弱いタンの肩叩きです。ほとんど効果は無いのですが、母さん熊は目をつむって嬉しそうにしていました。

「かあちゃん、肩が凝っていますね。」

「そうねえ、どうしてこんなに肩がこるのかねえ。」

「子供達を怒ってばかりいるからでしょう。」母さん熊は思わずタンを抱きしめて、ほずりをしました。

「ごめんね、タンちゃん。かあさんいつも怒ってばかりで。もう、母さん、怒らないようにするから。」

母さん熊が余りにも強くタンを抱きしめたため、タンが苦しがりました。

「かあちゃん、くるしい!」

「あら、ごめん、ごめん。」

母さん熊が抱くのを止めると、タンはまた、母さん熊の背中に回って、肩たたきを始めました。

 肩たたきを終えると、タンはどこかへ行ってしまいました。母さん熊が繕いを続けていると、台所で水が流れる音と食器がぶつかる音がしました。母さん熊は

「あれ?ひょっとして、タン?」

と思ってそっと台所を覗いてみました。タンが踏台に乗って、しきりと昼食に使ったお皿を洗っていました。まだ、汚れや洗剤のついたまま茶碗篭にいれていました。それでも母さん熊は、そのままそっとドアを締めて、繕い物を続けました。

「ありがとう、タンちゃん。あなたも私のしていたことを、ちゃんと見ていたのね。みんな本当にありがとう。みんな元気で大きくなって、その子なりに私を助けてくれる。本当に私は幸せだわ。」

母さん熊は心の中で呟きました。しばらくすると台所が静かになりました。子供部屋を覗くとタンが一人でお人形遊びをしていました。母さん熊は急いでお皿を洗い直すと、おやつを持って、タンの所へ行きました。

「タンちゃん、おやつよ。お皿を洗ってくれてありがとう。」

母さん熊はにこにこして言いました。

「タン、また今度洗ってあげるね。」

タンはお饅頭をおいしそうにほうばりながら、嬉しそうに言いました。

 

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