招かざる客

 昨日は私の一人娘、みっちゃんの誕生日でした。私は働きながら、一人でみっちゃんを育てていました。私が得る収入はわずかでしたから、私達親子の毎日の生活を維持するだけで精一杯でした。今まで、みっちゃんの誕生日に、何かお祝いをしてあげることはできませんでした。ところが今年は臨時収入が有りました。そこで、昨夕はみっちゃんとレストランに行くことになっていました。

 昨夕、みっちゃんはうきうきしていました。早々とお出かけの準備をすると、家の中や表をぶらぶらしたり、歌を歌ったりして、私の準備ができるのを待っていました。私も嬉しくなって、久しぶりに若い時の気持ちに戻って、念入りにおめかしをしていました。

 その時、突然外で

「きゃあー、お母さん、お母さん、来て、早く来て!」

という、みっちゃんの声が聞こえました。私も慌てて、声のした表の方へ出てみました。すると玄関で、みっちゃんが何かを指さしながら、恐ろしそうな様子で立っていました。「みっちゃん、どうしたの?」

「蛇よ、蛇。ほら、門の所に蛇がいるわ。」私はつっかけをはいて、門の方へ行ってみました。みっちゃんが私に隠れるようにして、ついてきました。門の側には黒っぽくて、わずかに赤い縞の入った蛇が、私達には無頓着に、だらっと体をほぼ一直線に伸ばして、じっとしていました。何かここで考え事をしているとでも言いたげでした。

 私も蛇が大嫌いでした。しかし、娘の手前、私が大騒ぎする訳にもいきませんでした。私は後ずさりしながら、言いました。

「みっちゃん、どうしよう?」

「お母さんどうする?恐いよう。どうする?」

見っちゃんは、後ずさりする私の後ろから、顔だけ出して、蛇を見て言いました。

「お母さん、おっぱらえる?」

 いったん、私とみっちゃんは家の中に戻り、どうやって蛇を追い払うか考えました。私達二人の大嫌いな蛇の側を通って、お出かけなどできません。まして、その蛇が私達のすぐ近くにいると考えただけで、落ちついて生活などできません。そこで私は家の周りを掃除するための竹箒を持って蛇を追い払いに行きました。

 箒を持った手が振るえました。口の中がかわきました。胸がドキドキしました。娘は恐そうに、それでいて、私の後ろから、私のスカートに捕まって、ついてきました。私はあるったけの勇気をふりしぼりましたが、精一杯両手を伸ばしても、箒が蛇に届く距離には近づけませんでした。もし蛇が私に反応して、その頭を持ち上げて、私の方を見たなら、私は悲鳴をあげて家の中へかけ込んだと思います。しかし蛇は私達には無関心に、じっと何かを考え続けているようでした。

 私の気持ちを察したのでしょうか、しばらくしてみっちゃんは私に言いました。

「お母さん、家にはいろう。」

それを聞いて、わたしはほっとしました。私とみっちゃんは、逃げるようにして玄関にかけ込むと、戸をしっかりと閉めて、鍵を掛けました。その日のレストランへのお出かけは中止になりました。

 翌日は日曜日でした。朝起きると一番に、みっちゃんは玄関を開けて、外に出てみました。それからうれしそうに、大声をあげて蛇がいなくなっていることを私に報告してくれました。私も嬉しくなって、

「それじゃあ、お昼にレルトランにでかけましょう。」

とみっちゃんと約束をしました。

 お昼になると、二人でまたおめかしをして、レストランに行きました。レストランの入口には「開店十周年記念、御婦人半額デー」と書いてありました。みっちゃんも私も大喜び、食べたいものをお腹いっぱい食べたり、飲んだりして、楽しくみっちゃんの誕生日を祝うことがでしました。

「ねえ、お母さん。あの蛇は、昨日お出かけしてはいけませんと言うためにあそこに現われたのとちがう?」

「そうねえ。みっちゃん、そうかもしれないわね。もし、昨日このレストランに来ていたら、おいしいものをこんなにたくさん食べることはできなかったでしょうからね。」

「そうよ、おかあさん。きっとそうよ。蛇って優しいのよ。親切なのよ。」

「きっとそうね。昨日、蛇を追い払わなくてよかったわね。」

「こんどあの蛇に会ったら、お礼を言わなくっちゃあ。でも、お母さんもずいぶん恐そうにしてたわ。」

 私は笑ってその場を繕うことしかできませんでした。私達は蛇のおかげでずいぶん得した気持ちになり、幸せな一日を過ごすことができました。あの蛇に感謝した一日でした。

 

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