三面鮭

 これは越後の国、今の新潟県の北部を流れる美しい川、三面川についてのお話です。毎年秋になると、今でも鮭がこの川を上ります。昔この川は流れが早く、流量も豊富でした。昔はこの川を、秋になるとたくさんの鮭が登りました。川を埋めつくし、川面が真っ黒に見えるほど、たくさんの鮭が川を登りました。

 毎年その鮭の群れの先頭をきって、この川を上って行った、とりわけ大きな鮭がいました。その鮭は、海にいるときは普通の魚の顔をしていましたが、川を上り出すと、鬼のような顔になりました。そして鮭の群れを襲うものがあれば、竜となってそれと戦い、相手をかみ殺して、鮭の群れを守っていました。そのために、この川の流域では人も熊等の動物達も、川を上る鮭を採って食べませんでした。人々はこの先頭をきって上る鮭のことを、三つの顔を持った鮭、三面鮭と呼んで、恐れていました。この三面鮭がいたために、この川の鮭は守られて、川を埋め尽くすほどたくさんな数に増えてしまいました。

 ある年のことでした。その年の夏は寒くて、秋になっても、お米が全く取れませんでした。このままでは、多くの人が飢死にしなくてはなりませんでした。そこで人々に中には、川を上って来る鮭を捕まえて、食べようとする人が出てきました。川一杯に鮭が上って来るのですから、捕まえることは難しいことではありません。しかし、鮭を捕まえたとたん、あの三面鮭が竜となって現われて、鮭を捕まえた人をかみ殺してしまいました。

 流域の村に村上と言う、当時は小さな村が有りました。この川に沿ってある村の内で、一番上流になる村と言う意味でした。その村に元信と言う若者が住んでいました。元信は、どうにかして人々を、この飢饉から救う方法はないかと、考えていました。しかし、秋も深まって来れば来るほど、川にあふれるばかりにいる鮭を捕まえることしか、思い浮かびませんでした。そこで元信は村はずれにある社に出向いて、氏神様にお伺いをたてました。

 氏神様が現われて元信に言いました。

「お前が人々を思う気持ちは良くわかった。そのためには、下手をすると、お前は死ぬかも知れないが、それでもよいか?」

「人々を救い、私の親兄弟を守るためには、その覚悟もできています。」

「よし、それならお前にこれをやろう。」

と言って、氏神様は元信に一本の槍を渡すと、社の中に消えて行きました。

 元信はその槍をもって川に出かけました。河原には竜となった三面鮭がいました。元信は氏神様から貰った槍で竜に戦いを挑みました。戦いは壮絶で、数時間も続きました。元信は大怪我をしました。しかし元信が最後の力を振り絞ってくりだした一突きは、竜の急所に深く刺さりました。竜は体に槍がささったまま、血をまき散らし、天へ上って行きました。 元信は河原に倒れていました。

 元信を心配して捜しにきた家族や村人達は、元信が鮭を採ろうとして、三面鮭に襲われたのだと思いました。しかし元信は、自分は三面鮭と戦って傷ついたのだとは、言いませんでした。家に連れて帰られた元信は、幸いにも一命をとどめましたが、体に受けた傷を癒すために、長く床についていました。

 このようなことがあって間もなく、川の鮭を取っても三面鮭が現れなくたったという噂は、あっという間に村中に広がりました。人々は川に出かけて、鮭を捕まえました。おかげてそれ以後、飢死にする人はなくなりました。これ以後、人々は川を上る鮭を捕まえて生活の足しにするようになりました。人々は自分達が必要な量だけの鮭を捕まえたために、川に鮭があふれてしまうようなこともなくなりました。それでいて、毎年毎年変わりなく、たくさんの鮭が川を上ってきました。

 ところが流域の人口が増えました。あの元信の住んでいた村上は、現在は大きな町になっています。人々はたくさんの鮭を捕まえるようになり、川を上る鮭がだんだん少なくなって、現在ではほんのわずかになってしまいました。このままではあの三面鮭が又現われて、川の鮭を守ろうとするかも知れませんね。

 

表紙へ