綾ちゃんの水色の帽子

 ここは或病院の小児科の病室です。綾子ちゃんは重症な急性骨髄性白血病で、一週間前からこの病室に入院していました。今日の綾子ちゃんは幾らか病気が持ち直したとみえて、付き添っているお母さんとお話をしていした。「お母さん、看護婦さんの服、私の大好きな服の色とおんなじよね。」

「そうね。綾ちゃんはあの水色の服が大好きだから、病気が治ったら、あの服を着て、おばあちゃんの家へ行きましょうね。そうそう、縁の大きな水色の帽子も買ってあげましょうね。きっと良く似合うわよ。」

「わあ、嬉しい。お母さん、きっとよ、きっとよ!」

 夜になって綾子ちゃんは又高い熱を出して苦しみ出しました。優しい看護婦さんが来ていろいろと治療してくれましたが、綾子ちゃんの状態は少しも良くなりません。そこで担当のお医者さんに来てもらい、注射をしてもらいましたから、綾子ちゃんはお父さん、お母さんに見守られて、静かに眠ることができました。しかし、お医者さんは、

「今夜はひょっとすると危ないかもしれない。」と告げたのでした。

 

 綾子ちゃんは夢を見ています。目を開けてみると、綾子ちゃんは自分の家の中で、大好きな水色の服を着て椅子に座っていました。すぐにお母さんがやって来て、「これからおばあちゃんの所にいくのよ。ほら、これが約束の帽子。被ってご覧なさい。」と言って、縁の大きな水色の帽子をかぶらしてくれました。

 綾子ちゃんは嬉しくてたまりません。その帽子を被ったままスキップをして部屋の中をぐるっと回ると、帽子の縁とスカートの端とがひらひらとして、水色の蝶著になったような心地でした。真っ白なサンダルを履いて、お父さんとお母さんに手を引かれて外に出てみると、家の周りは見渡す限りのお花畑。明るい太陽の光がさんさんと照り注ぐお花畑には色とりどりの花が咲き乱れ、きれいな色をしたチョウチョが舞っていました。

「わあ、きれい。お母さん、早く行きましょう。早く行きましょう。」

 綾子ちゃんはお父さんとお母さんに手を引かれてお花畑の中の小道を歩いて行きました。

優しい小鳥のさえずりが聞こえます。そよ風がほってった頬を冷やしてくれます。お父さんもお母さんも嬉しそうに微笑んで、綾子ちゃんといろいろとおしゃべりをしてくれました。

 しばらくそうやって歩いていると、一羽の水色をした小鳥が綾子ちゃん達の頭の上をぐるぐると回った後、行く手の小道に降りて言いました。

「綾子ちゃんをお迎えにまいりました。」

お父さんとおかあさんはびっくりして、綾子ちゃんを抱きしめて言いました。

「綾ちゃんは私たちの子供です。誰にも渡しはしません。私たちと一緒にこれからおばあちゃんの家に行くのです。」

「これは神様の命令です。必ず従わなければなりません。」

水色の小鳥は冷やかに、きっぱりと言いました。

 綾子ちゃんは何の事だかさっぱり解りません。目をくる、くる、と動かしていました。「小鳥さん、私たちはおばあさんの家に行くのよ。私をどこへ連れていこうというの?」

「神様の国で神様が綾子ちゃんをお待ちです。」

「こんなにいい子にしているのに、どうして私だけ神様の国に行かなければならないの?私、もっとお友達と一緒に遊んだり、勉強したりしたいのに!」

「これは神様の言いつけです。」

水色の小鳥は機械仕掛のように言いました。 綾子ちゃんは以前絵本で天国や神様の絵を見たことがありました。ですから天国に行くということは少しも恐いとは思いませんでしたし、天国に行ってもすぐに又お父さんお母さんに会えるような気がしました。

「お父さん、お母さん、私は小鳥さんと一緒に神様の所に行くわ。私、もう大きいんだから一人でも平気よ。いい子して待ってるから、お父さんお母さんも早く来てね。」

 水色の小鳥が飛び立ちました。すると、綾子ちゃんの水色の帽子の縁が蝶著の羽のようにひらひらとしだして、綾子ちゃんの体はフワーと空中に浮き上がり、小鳥の後を追って飛んで行きましまいました。残されたお父さんとお母さんは、涙を流したまま、いつまでも、いつまでも手を振っていました。

 綾子ちゃんは水色の小鳥と一緒に大空を飛び続けました。やがて辺りはシーンと静まりかえり、薄暗くなって、それと同時に綾子ちゃんの意識も段々薄らいでいきました。

「もうすぐよ、綾子ちゃん。そのまま静かにおねむりなさい。」

小鳥さんの声だけが聞こえてきます。綾子ちゃんはそのまま飛び続けながら深い眠りに落ちました。

 ちょうどその時同時に、病室のベッドの上では綾子ちゃんが安らかに息を引き取ったのでした。 

 

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