ネズミとネコとイヌ   須藤 透留

 

 あるお屋敷の中にネズミとネコとイヌが住んでいました。と言っても、ネズミは天井裏に生活していましたし、ネコは建物の中、イヌは屋敷の庭で生活していました。ネズミはネコが大嫌いでした。ネコはイヌが大嫌いでした。イヌはネズミが大嫌いでした。

 ネコは奥様に可愛がられていました。イヌはご主人に可愛がられていました。しかしネズミは、屋敷中の全ての人に嫌がられていました。ネズミはその事を大変不満に思っていました。

「何で僕だけ、みんなに嫌われなきゃあいけないんだ。あのネコやイヌは奥様やご主人に可愛がられて、おいしいご飯をお腹一杯食べさせて貰っているのに、何で僕だけ、こそこそと人目を盗んで食べ物を盗んでこなけりゃあならないのだ。ネコやイヌのように堂々とお腹一杯ご飯をたべてみたいものだ。」

ネズミはいつもこの様に考えていました。

 ある日、ネズミは名案を思いつきました。

「そうだ、お手伝いさんの気に入ろうっと。お手伝いさんは優しそうな人だから、きっと僕のことを好きになってもらえるかもしれない。お手伝いさんのお気に入りになって、可愛がってもらえたら、きっと僕に食べ物をたくさん呉れると思うよ。そのためにはどうしたらいいかなあ。そうだ、まずお手伝いさんに綺麗な花を贈ろうっと。」

そこでネズミは

「夜中になったら僕の天下だ。庭に出て、咲いている花で一番美しいのを取って、お手伝いさんの部屋に持っていこう。」

と、決めました。

 庭には奥様が丹誠込めて育てているいろいろな草木の花が咲いていました。その夜、家中の人々が寝静まった頃、ネズミは庭に出てどの花が良いかと品定めを始めました。そして見つけたのが牡丹の花でした。花をその茎からかじり取ろうとし始めると、そこにヌーとこの屋敷に住むイヌが顔を出しました。夜中に花壇で異様な音がするので、何事が起きたのかと見に来たのでした。初め、ネズミは吃驚して草の陰に隠れましたが、相手がイヌだと解ると、イヌの鼻先まで進んでいき、

「ちゅう、ちゅう、ちゅう」

と身構えました。イヌは大嫌いなネズミが鼻先で今にも飛びかかろうとしているのですから大変です。大慌てで自分の小屋めがけて走っていきました。

 ネズミは花を傷つけないように気をつけて、お屋敷まで運びました。秘密の壁の穴を通って屋敷の中へ入りました。

これからが大変です。下手に音を立てるとあの嫌なネコが現れて、計画が台無しになってしまいます。しかし幸いなことに、ネコはこの日は奥様に鱈腹ご飯を食べさせてもらい、奥様の部屋で高鼾をかいて寝ていました。ネズミは首尾良く牡丹の花をお手伝いさんの枕元へ持っていくことが出来ました。その後、ネズミは天井裏に戻り、天井板の節穴からお手伝いさんの部屋の様子を見ていました。

 翌朝お手伝いさんは、起きてみて、枕元に綺麗な牡丹の花が一輪おいて有るのに吃驚しましました。

「わあ。綺麗な牡丹の花だこと!だれがもってきてくれたのでしょう?」

そう言って、お手伝いさんは一輪挿しの花瓶を取り出してきて、それに牡丹の花を生けると、タンスの上に飾りました。

 ネズミは小躍りして喜びました。ネズミの計画は大成功でした。そこでネズミはすぐに天井裏から降りてきて、お手伝いさんの前に現れて、胸を張って言いました。

「どうです。綺麗でしょう。それ、私からのプレゼントです。」

と、言い終わらない内に、お手伝いさんは

「きゃあー、ネズミ!」

と、大声を上げて部屋から飛びでして行ってしました。

 お手伝いさんの声を聞きつけて、家中の人がお手伝いさんの部屋にやってきました。あの大嫌いなネコまでやってきてネズミを追いかけたのですから大変です。ネズミはやっとの思いで壁の穴から天井裏に命辛々逃げ出すことが出来ました。

 その後もお手伝いさんの部屋では大騒動が続きました。それは奥様がタンスの上に飾ってあった牡丹の花を見つけたからでした。

「どうしてあなたは、私が大切に育てている牡丹の花を勝手に取ったのですか?」

奥様はかんかんに怒って言いました。

「いいえ、私が取ったのではありません。朝起きてみたら枕元に有ったのです。決して私が取ったのではありません。信じてください。本当です。」

お手伝いさんは泣きそうになりながら言いました。

「じゃあ誰が取ったというの?あなたが寝ている間に、誰か牡丹の花を庭から取ってきて、あなたの部屋に持ってきたとでも言うの?」

お手伝いさんは奥様にさんざん叱られてしまいました。お手伝いさんはその日、一日中泣いて目を赤くしていました。

 イヌは庭に住んでいたために、お手伝いさんの部屋での騒動には気づきませんでした。その日の夕方、庭に出てきたお手伝いさんが目を赤く腫らしているのに気づき、お手伝いさんに尋ねました。

「お手伝いさん、どうしたの?どうして泣いているの?」

「奥様に叱られたの。勝手に私がお庭の牡丹の花を取って私の部屋に飾ったって。」

「牡丹の花を取ったのは天井裏のネズミですよ。」

そう言って、イヌは昨夜、ネズミが牡丹の花の茎を噛みきって、花を持っていったことをお手伝いさんに話しました。

「ああ、それで解ったわ。どうして私の部屋にネズミがいて、牡丹の花があったのか。きっとあのネズミがいたずらしたのだわ。なんと憎らしいネズミなんでしょう。」

お手伝いさんは、今度はぷんぷん怒りだしてしまいました。

「ねえ、あんた。あんたはあのネズミを懲らしめられないの?」

お手伝いさんはイヌに向かって言いました。

「ぼ、僕には無、無理だよ。だってあいつは天井裏に住んでいるでしょう。僕はイヌだから天井裏には行けないよ。」

イヌはあわてて答えました。

「ふん、何さ。あんたはあのネズミが怖いんでしょう。」

お手伝いさんはイヌに八つ当たりして、馬鹿にするように言いました。しかしお手伝いさんの言ったことは図星ですからしようがありません。イヌは上目ずかいにお手伝いさんを見上げているだけでした。

 お手伝いさんのネズミに対する怒りはそれは大変でした。お手伝いさんはネコを呼んで言いました。

「ねえ、あんたはあの嫌なネズミを捕まえられるでしょ?あんな悪い奴、捕まえてちょうだいよ。捕まえてくれたら、おいしいものあげるわよ。」

と言われても、ネコはあまり気が進みませんでした。だって毎日のようにおいしいご馳走を、奥様から食べさせてもらっていましたから、いまさら何かおいしいものと言われても、特にそれを食べてみたいと思いませんでした。それでも一応ネズミを捕まえてみるとネコはお手伝いさんに約束して、天井裏に上っていきました。

 天井裏に上がって、ネコはネズミを探してみました。しかし天井裏はネズミの天下です。ネコが来るとネズミは巧みに物陰に隠れてしまいました。ネコはネズミを見つけることすら出来ませんでした。その内、ネコは飽きてしまって、奥様の部屋へ降りていって、寝てしまいました。

 お手伝いさんはどうにかしてネズミをぎゃふんと言わせなければ気が済みませんでした。腹いせにお手伝いさんはあちらこちらにネズミ取りを仕掛けました。しかし頭の良いネズミはそのようなものには引っかかりませんでした。

 この話を聞いた奥様も、ネコに向かって、

「あんた、どうにかしてネズミを捕まえなさいよ。」

と言いました。そこでネコは仕方なく夜に台所をパトロールする事にしました。と言うのは、ネズミは主として夜に、台所に食べ物を盗みに来たからでした。

 その結果一番困ったのはネズミでした。台所で食べ物を盗むことが難しくなったからでした。そればかりではありません。ネズミは、一番頼りにしていたお手伝いさんにも嫌われていることが解り、屋敷の人全てに仕返しをすることを考えました。

 ネズミは考えました。

「どうしたらネコを台所から追い出して、僕が自由に台所に出入りできるかなあ。そうだ、あの少し間抜けなイヌをけしかけて、ネコを追い出してやろう。」

ネズミは犬小屋にイヌに会いに出かけました。

 犬小屋の前でイヌは暇そうに居眠りをしていましたが、ネズミを見るなり犬小屋に急いで隠れてしまいました。ネズミのことをお手伝いさんに告げ口したので、ネズミが仕返しをしに来たのではないかと思ったからです。ネズミは犬小屋の前で、中に隠れているイヌに向かって優しい声で言いました。

「イヌさん、相談が有るんだけれど、ちょっと出てきてくれないかな。」

「僕は君が苦手なんだ。用があったらそこで言ってくれよ。」

「実は、あの悪のネコが、台所でいたずらの限りを尽くしているんだ。台所から追っ払った方がいいと思うんだけど。手伝ってくれないか。」

お手伝いさんに、せっかく牡丹の花のことを教えてあげたのに、馬鹿にされてしまったイヌは、お手伝いさんに腹を立てていました。イヌは小屋から顔だけ出してきました。

「いぬさん、台所からあの悪のネコを追い出してくれたら、おいしいソーセージを沢山あげるよ。」

ネズミのこの誘惑に、食べ物に弱いイヌは、まんまと引っかかってしまいました。

 夜になって、台所に人がいなくなった頃を見計らって、イヌは台所へ出かけていきました。そこにはネコが目を光らしていました。イヌはネコを見つけると

「このどらねこめが!」

と言って飛びかかっていきました。吃驚したネコはあわてて逃げ出しました。それをイヌが追いかけました。そこで台所の中は大騒ぎとなりました。テーブルの上の皿が床に落ちて割れ、鍋も流しに落ちて、雷のような音を立てました。家具は倒れて、それはそれは、まるで大地震の時のようでした。その音を聞きつけてお手伝いさんが飛んできました。事の様子を見て取ったお手伝いさんは、帚を持って、イヌを追いかけ、台所の外へイヌを叩き出しました。

 ひどい目にあったイヌは、それ以後罰として、犬小屋に鎖でつながれてしまいました。そのためイヌはぷんぷんに怒っていました。 台所で食べ物を盗むことが難しくなったネズミは、お腹が空いてたまりません。

「どうしたら食べ物が手にはいるかなあ。」と、考えている内に、新しい策略が浮かんできました。それはあの間抜けなイヌのご飯を横取りしてやろうというものでした。そう思いついたネズミはじっとしておれませんでした。イヌが食事をしているところへのこのこと出かけていきました。

 いつもなら、ネズミの姿を見るとこそこそと隠れてしまうイヌでしたが、今回はどうも変でした。ネズミを見ても逃げずに、ネズミをにらみつけていました。予定ですと、ネズミの姿を見たイヌが逃げ出した間に、イヌのご飯を拝借しようと言う計画だったのです。

「いぬくん、ちょっとお願いが有るんだけれどね。その肉を一切れ獏に暮れないか。後でおいしいハムをたくさんあげるから。」

と言いました。 ところがイヌは、ネコを台所から追い払う計画のことで、ネズミに大変腹を立てていましたから、ネズミに飛びかかってかみ殺してしまいました。 

 

 

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