おしゃべり貝殻
由美ちゃんは、家族で海水浴に来ていました。じりじり焼け付く太陽の光を浴びて、まだ泳げない由美ちゃんは、波打ち際で一人で遊んでいました。小さな波が次から次へと寄せて、砕けました。白く泡だった海水が、由美ちゃんの足元の白い砂浜をかけ登ったり、かけ下ったりしました。そのかけ登ったり、下ったりする海水と一緒に、いろいろな形の貝殻や流れ着いた海草も、浜を登ったり下ったりしていました。由美ちゃんはその砕けた波や貝殻や海草と遊んでいました。
由美ちゃんはその波の音と、風の音と、鴎の鳴く声の中に、誰か由美ちゃんを呼ぶ細い小さな声を聞きました。由美ちゃんはお父さんや、お母さん、おにいちゃんたちの方を見てみました。しかし、誰も由美ちゃんを呼んだ様子は有りませんでした。するとまた、
「由美ちゃん、由美ちゃん、こっちだよ、こっち。由美ちゃんの足元。」
と言う声が聞こえました。足元には砂に半分隠れた、巻き貝の白い貝殻が有りました。
「そう、そう。僕だよ。ぼく。いま由美ちゃんが見つめている貝殻だよ。」
「え、貝殻がしゃべれるの?」
「うん、由美ちゃんにだけ、僕の声は聞こえるのさ。」
「ふうん。それで何の用?」
「ぼく、いつもここで一人ぼっち。寂しいんだ。僕と遊んでよ。」
「だって、そこらにたくさん、貝殻が有るでしょう。それとあそべばいいじゃん。」
「みんな無口で遊んでくれないんだ。」
「じゃあいいわ。今、私一人ぼっちだから。で、どうすればいいの?」
「とにかく堀だしてくれたまえ。」
言われるままに、由美ちゃんは足元の砂を手で掘って、その貝殻を堀だして見ました。一センチ位の小さな貝殻でした。手の掌に乗せてみると結構可愛い貝殻でした。
「ありがとう、ゆみちゃん。何年ぶりかで自由になれたよ。さってと、それじゃあ、まず由美ちゃんを泳げるようにするか。」
「え、私を泳げるように、水泳を教えてくれるの?私、全然泳げないのよ。」
「うん、泳ぎがうまくならないと、僕と一緒に遊べないからね。僕がついているとすぐに泳げるようになるさ。それじゃあ、海の中へはいっていってごらん。」
貝殻の言ったように、由美ちゃんは胸の所まで海に入りました。胸いっぱい息を吸い込むと、体を水の中に投げ出して、手足をばたばたと動かしてみました。するとどうでしょう。由美ちゃんはじょうずに泳げました。少しも苦しく有りませんでした。由美ちゃんはとても嬉しくなりました。
「僕がついているから、どんどん泳いでご覧。心配ないから。」
貝殻の言葉に安心して、由美ちゃんは思い切っていろいろな泳ぎをしてみました。まるで魚にでもなった感じでした。由美ちゃんはおもしろくて夢中で泳ぎまわりました。
「由美ちゃん、そんな方向に泳ぐと深くなって危ないよ。」
貝殻の声が聞こえました。由美ちゃんは向きを変えて、浜の方へ向かって泳ぎました。
浜へ戻るとお父さんがやってきて、
「由美、急に沖の方へ泳いで行くからびっくりしたぞ。それにしてもいつ、こんなに泳ぎが上手になったんだ?」
と言いました。由美ちゃんは自慢げに
「一人で練習したもん。」
と言って、胸を張りました。しかし貝殻の事は話しませんでした。
由美ちゃんが浜へあがろうとすると
「由美ちゃん、僕を忘れないでよ。」
と貝殻の声がしました。
「ああ、そうそう。あんたを忘れちゃあいけないわね。」
由美ちゃんは水面に浮いている小さな貝殻を手に乗せると、焼け付いた砂の上を歩いてお母さんの待っているビーチパラソルの所へ歩いて行きました。