お正月
太平洋戦争が終わって5、6年たった頃のお話です。ある小さな村に、健ちゃんという幼い男の子が元気に育っていました。
健ちゃんの兄ちゃんが、
「お正月が近づいてきた。門松を取りに行こう。」
と言いました。健ちゃんは、お正月ってどんなものか、未だ良く知りませんでした。
「クリスマスにはサンタさんが来たらしいから、お正月には、誰かお正月の人が来るのだろう。」
と、健ちゃんは思っていました。
鋸を持った兄ちゃんの後を追いかけるようにして、健ちゃんは家の裏山に入っていきました。裏山で松の枝と竹とを採ると、二人でで抱えて家に持って帰りました。
「クリスマスツリーじゃあ、もっと大きい枝を切ったのに、今度はちいちゃいんだなぁ。」
と、健ちゃんは不思議に思いました。
父ちゃんが白い紙と松と竹とお飾りとで門松を作ると、門の両側に釘で打ち付けました。
「これでお正月を迎える準備ができた。」
父ちゃんが満足そうに言いました。
「大掃除やお供え、門松など、いっぱい準備をするんだから、きっと警察の人や園長先生よりも、もっと偉い人が来るんだろう。」
と、健ちゃんは思いました。
お正月の朝になりました。健ちゃんは早起きしていつものように台所へ行ました。母ちゃんが、兄ちゃんが未だ小さいとき、よそ行きに使っていたという服を、健ちゃんに着せてくれました。どこにも継ぎ当てがしてない服でした。健ちゃんはとても晴れがましい気持ちになれました。
「お正月が来ると、こんないい服が着れていいなあ。でもお正月ってどんな人なのかなあ。」
と、健ちゃんは思いました。
朝、お雑煮を食べました。ラジオからはお話や音楽が流れてきます。家族でカルタやすごろく、百人一首や坊主めくりなどをしました。兄ちゃんと凧上げもしました。凧揚げをしていても、健ちゃんは正月という人がいつ来るのか気になっていました。どんなお土産を持ってきてくれるのか、楽しみだったからです。
健ちゃんはお母さんにそっと聞いてみました。
「母ちゃん、お正月はいつくるの?」
母ちゃんはびっくりしたような顔をして、健ちゃんを見つめて言いました。
「お正月はもう来てるでしょう。」
「だって、未だ、誰もお客さんは来ていないよ。」
母ちゃんは声を上げて笑い出しました。
「健ちゃん、お正月って人じゃあないのよ。一年の初めをお正月って言うのよ。」
けんちゃんは
「なあんだ、お客さんじゃあないのか。」
と、思いました。けれど未だ、よくお正月って何なのか解りませんでした。