梅の木と雀
きのうの午後から降り出した雪は、夜のうちにすっかりあがってしまいました。朝日が登ると、雪におおわれた世界は、白く明るく輝きました。空は青くて、雲は白くて、冷えきった空気は肌をさしました。お屋敷の広い庭も一面雪におおわれて、日本画のような美しさでした。その庭に古くて枝振りのよい梅の木がありました。梅の木には、例年のように見事なピンクの花が咲きだしたところでした。きれいな花弁の上やつぼみにこの雪です。ふんわりとした、真っ白な背景に、真っ黒な梅の枝とピンクの花。それらの上にまた白い雪。その美しさは例えようもありませんでした。
お屋敷の御主人は、毎朝庭に穀物を撒きました。それは庭にいろいろな鳥が集めたかったからでした。御主人が穀物を撒くと、雀の群れが一斉にやってきて、穀物をついばみ始めました。それを見るとご主人は箒で雀を追い払いました。追い払われた雀達はどこかへ飛んで行きましたが、ご主人がいなくなると、また集まってきて穀物をついばみ続けました。いつも、雀達だけで餌を食べ尽くしてしまいました。
今日も縁側から御主人が、雪の上に下駄の跡をつけながら現われました。遠くから梅の木を眺めながら言いました。
「ううん。いい眺めだなあ。梅の花に春の淡雪か。まさに絵だなあ。今日こそ鴬が来て、ほーほけきょと鳴いて欲しいものだ。」
今日の御主人は穀物を梅の木の根元に撒きました。
ご主人が梅の木から離れるとすぐに雀の群れが飛んで来て、穀物をついばみ始めました。そこで梅の木が風で枝を揺すりながら言いました。
「ほれ、ほれ、雀さんたちよ、少しはお屋敷の御主人様の事を考えてあげなさいよ。その餌は鴬のために撒かれたのよ。あなた達が食べてしまうと鴬の食べるのがなくなってしまうでしょう。少しは遠慮て言うものがあってもよいはずよ」
「鴬さんのため?何言ってるの、このあたりには鴬さんなんていないわ。」
梅の木の近くにいた雀が答えました。
「今いなくても、そのうちにやって来るかも知れないわ。」
梅の木も鴬に来て欲しいのでした。鴬が来て、梅の木の枝に止まって鳴いてくれたら、このお屋敷のご主人がもっと喜んで、もっと梅の木を大切にしてくれることを知っていました。「鴬が来ても、おっぱらってしまうわ。ここは私たちの餌場ですもの。」
雀達は梅の木の気持ちには無頓着に言いました。梅の木はそんなことを雀達にされてもらったら自分も損をします。そこで、
「そんなことをしたら、もうここの御主人、餌を撒いてくれなくなるわよ。」
と切り替えしました。
「それも困るわね。一度ぐらい鴬さんを呼んでくる?」
ある雀が言いました。
「でも、最近、鴬さんを見かけないわよ。」
別の雀が首を振りながら言いました。
「ねえ、梅の木さん。どうして御主人は鴬が来て欲しいの?」
ある雀が梅の木に尋ねました。
「それはね、人間の間では、梅の花には鴬と決まっているのよ。」
梅の木は小馬鹿にして答えました。
「へーえ。変なの。何故梅の花に鴬なんでしょうねえ。」
ある雀が不思議そうに言いました。
「梅の木さん、梅の花に雀じゃあどうしていけないのかしら。」
別の雀が梅の木にききました。
「それはね。人間がね、梅の花の咲いた小枝で鴬がほーほけきょと鳴くのを見たいからよ。それがとても風流だと言っているの。」
梅の木はつーんとすまして答えました。
「それじゃあ、雀が梅の花の咲いた小枝でほーほけきょと鳴くのでもいいのかしら。」
リーダー格の雀が言いました。
「雀が鴬の鳴き声をだせるの?」
梅の木は不思議そうに言いました。
「そうよ、ちょんきち、ちょんきちはどこ?」
リーダー格の雀は大声をあげました。
「なに、なに、なあに?何で僕を呼んだの?」
若い雀がやってきました。
「あんた、さ、あの枝に止まって、ほーほけきょと、鴬みたいに鳴きなさい。」
「なあんだ、そんなこと。任せときな。」
ちょんきちはそう言うと、梅の小枝に飛び上がって、胸を張って、おっぽをぴんとはね上げて、
「ほーほけきょ、ほーほけきょ」と鳴きました。その声を聞いて、雀達は大喜び、
「みごと、みごと。上手、上手。」
と言って、雀達は拍手喝采をしました。しかし、縁側にいた御主人には
「ちゅんちゅーん、ちゅんちゅーん」
としか聞こえませんでした。