トラウマを癒す

 トラウマを受ける=心を傷つけられる=恐怖の条件刺激を学習する、について考える。この場合、心を傷つけるものは強い、繰り返す生得的な嫌悪刺激(恐怖の無条件刺激、痛み、大きな音、強い光、嫌な臭い等)、場合によっては恐怖を起こす物(これは既に恐怖の条件刺激に成っている場合。例えば刃物を突きつけられる)で恐怖を生じ、その際に周囲にある物を、例えば登校拒否だと先生や学校を、新たに恐怖の条件刺激として学習する。PTSDだと、阪神大震災の時の激しい搖れが恐怖の無条件刺激で、その際にごーとする音や、人の悲鳴を恐怖の条件刺激として学習する。ここで注意しなくてはならないことは、トラウマと言う場合には、学習した恐怖の条件刺激が、普通の人では恐怖を起こさないために、普通の人では、なぜその人が恐怖を起こしているのか分からない、恐怖を起こしている本人も、なぜ自分が恐怖を起こしているのか分からないことが、大きな意味を持っている。もう一つ気をつけなければならないことは、PTSDなどでは恐怖の条件刺激は一つか又は少数である。ところが経過の長い人、問題をこじらした人では、恐怖の条件反射が新たな恐怖の条件刺激を学習すると言うループを何重にも繰り返して、恐怖の条件刺激の汎化を生じていることである。日常生活の中の思わぬ物に恐怖の条件反射を生じるようになっている。

 どの様な恐怖刺激をどれぐらい(回数、および持続時間)経験すれば、恐怖の条件反射を学習するかの問題は、今までの経験からしか答えられない。命に関わるような無条件刺激はその持続時間にもよるが、人間は一度で十分に学習している(動物実験では、電気による短時間の痛み刺激で、2,3回で学習している)。また、恐怖刺激を受けた人の、既に持っている恐怖に対する感受性でも、恐怖の条件反射の学習度合いは大きく異なる(動物実験でも恐怖を感じやすい家系の動物で実験されている)。つまり、恐怖刺激に敏感な人は、絶えず不安に悩まされている人は(青班核や縫線核の機能亢進)、他の人では殆ど恐怖刺激と作用しないような恐怖刺激でも、とても大きな恐怖刺激として作用して、新たな恐怖の条件刺激を学習することになる。恐怖の条件刺激の汎化を生じやすい。一言で言うなら、ある恐怖の条件反射でどの様な別の恐怖の条件刺激を学習したのかと言うことは、全て、その学習した本人によるのであり、一律な規則はない。時には普通の人では接近系の刺激でも、その人には回避系の刺激として既に学習されており、それにより新たな恐怖の条件反射を学習する場合もあることは、登校拒否の子供達でしばしば見られている(先生や友達、親を回避する行動を取る)。

 恐怖の条件刺激を脱感作する目的には、その恐怖の条件刺激を加えた後に、強力な接近系の刺激を加えることである。それを癒すと表現する。人間の場合でも、恐怖の条件刺激が一つで、特定されているなら、それはもっとも良い方法である。登校拒否の場合なら、子供が行き渋りをしているときはこれに近い。それ故に行き渋りの時期が登校拒否の問題の解決にもっとも適している。ところが多くの場合、恐怖の条件刺激は一つではない。問題がこじれていると、多くの物に恐怖の条件刺激を学習していて、条件刺激の一つや二つにこの方法で解決しても、全体としての解決にはならない事実がある。また、恐怖の条件刺激の後に接近系の刺激を与えたとしても、それが本当にその人に接近系の刺激(報償)になっているかどうかは別である。時には前述のように、その人には回避系の刺激に変化している可能性もある。それ故にある刺激が接近系か、回避系か、大まかな傾向はあっても、最終的にはその人本人よっている。その人本人がどう情動系である大脳辺縁系で評価するか、反応する(意識に上らない)かで決まるのであり、当人以外の人が判断することは大変に難しい。本人にとって接近系なら、本人が求めていくだろうし、回避系なら、本人は回避行動を取る。これは間違いない、一番確実な反応である(ただし、この反応の際に理性的な物、つまり大脳新皮質の影響が働いているときには必ずしも正しくない。一般に、思春期以前の子供達や、恐怖の条件反射で苦しんでいる大人たちは、大脳辺縁系の機能が強く、新皮質の機能が弱いので、多くの場合、行動や表情が、扁縁系の機能を示している)。別の表現の仕方をすれば、自分で自分の行動療法を行わせるのが一番確実な方法であるという意味になる。勿論、100%その人にとって確かな接近系の刺激を、報償を与えることが出来るなら、それが一番効率の良い対応であるが、現実には殆ど失敗しているのが事実である。登校拒否の場合、登校拒否を解決しようとする大人に、既に子供は回避行動を取っている。また、この恐怖の条件刺激の仕組みを考慮して、100%接近系の刺激を探すなら、それは以外と簡単であることも事実である。

 恐怖の条件刺激を回避しているだけで、恐怖の条件反射は消失していく。しかしそれにはとても長い時間を要する。そこで強い接近系の刺激を与えることで恐怖の条件刺激を脱感作する事が出来る。接近系の刺激を他人が与えることは大変に危険である。それは前述のように接近系と思われた刺激が回避系の刺激に変化していることが多いためである。与えるとしたら、親が子供の反応を見ながら、回避系の刺激になっていないかどうかをよく観察する(結果は行動や表情に表れるが、言葉は大脳皮質前頭葉を反映しており、正しくない場合が多い)必要がある。
 前頭葉の機能が完成して機能している大人では、このような対応は必ずしも必要なくなる。前頭葉の機能が、訓練により、恐怖の条件反射を押さえることが出来るようになるからだ。このような人では、その人の意思でこの問題の解決が出来るようになる。

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