ミクちゃんの尻尾   須藤 透留

 

 ミクちゃんは私の娘。今四才です。不思議なことに、このミクちゃんに尻尾が有ったんですよ。それも、とても不思議な、それでいてとても便利な尻尾でした。私も初めその尻尾を見たときは、とってもびっくりしてしまいました。

 ミクちゃんが一才を過ぎた頃のことでした。私はいつものようにミクちゃんんを子供用の椅子に腰掛けさせて、食事を食べさせていました。ミクちゃんは、片手にお気に入りの小さなガラガラを持って、反対の手には私から取り上げたミクちゃん用のスプーンを持って、御機嫌で、私の差し出すスプーンに乗ったお粥を食べていました。

 その時、電話のベルがり、り、り、と鳴ったので、私は茶碗とスプーンをその場において、玄関にある電話に出ました。それは私の友達からでしたが、ミクちゃんのことが気がかりだったので、早々に電話を打ち切って、部屋に帰ったときのことです。何か蛇のような物がミクちゃんの側にいて、その先がスプーンをくわえて、ミクちゃんにしきりとお粥を食べさせていました。ミクちゃんもいつものように、おいしそうにお粥を食べていました。私はびっくりして、立ちすくんでしまいました。どうしたら良いのかもわからなかったので、ただ立ちすくしていましたら、その蛇のような物は要領よく、どんどんミクちゃんにお粥を食べさせて行きました。その食べさせ方の上手なことといったら、私以上でした。その内、ミクちゃんが私の気配にきずいたのでしょう、私の方を見て、嬉しそうに両腕をばたばたさせました。するとその蛇のような物は、スプーンをきちんと茶碗に戻して、するするとミクちゃんのお尻の方へ引っ込んで行ってしまいました。

 私はミクちゃんの周りをくまなく調べてみました。しかしミクちゃんの周りには何一つとして変わった物は有りませんでした。私は私自身を疑いました。でもミクちゃんのちゃわんの中のお粥はもう殆ど無くなっていました。誰かがお粥をミクちゃんに食べさせたとしか考えようが有りません。この余りにも不思議なことを誰に話せましょう。私は府に落ちないまま、黙っていることにしました。

 其の蛇のような物がミクちゃんの尻尾だと解ったのは、わたしが庭でビニールのプールに水を張って、其の中でミクちゃんを遊ばしていたときのことでした。

 ミクちゃんは夏の暑い日には庭のビニールプールで遊ぶのが大好きでした。その日もミクちゃんははだかんぼうになって、プラスチックのおもちゃやじょうろを使って、水の中で遊んでいました。私は縁側で雑用をしながらミクちゃんをちらり、ちらりと横目で見ていました。

 玄関でチャイムが鳴ったので、私はすぐに戻る積もりで、その場を離れ、玄関に出てみました。宅急便でした。私は急いで判子を取って来ると品物を受け取り、縁側に戻りました。

 縁側に戻ってみるとミクちゃんがうつ伏せに、プールの中でもがいていました。私はびっくりして大声をあげてしまいました。そればかりでは有りません。もう一つびっくりしたことには、ミクちゃんのお尻の所から蛇のような物が伸びていて、しきりとミクちゃんを助け起こそうとしていました。其の蛇のような物は、ミクちゃんの尻尾だったのです。私が自分を取り戻して、ミクちゃんの所へ飛んで行ったときには、尻尾は既にミクちゃんを助け起こしていました。其の後尻尾はどんどん短くなって、ミクちゃんのお尻の中に消えてしまいました。

 私はミクちゃんのお尻を良くみてみました。しかしどこにも尻尾の痕跡は有りませんでした。私は思い切って夫にこの話をしてみました。しかし私の予想通りに、夫は笑って本気でこの話を聞いてはくれませんでした。

 私はミクちゃんをお医者さんに連れて行って相談しました。お医者さんは私の話を笑って聞いていましたが、一応診察して、レントゲン写真を取ってくれました。しかしそこには尻尾らしきものは全く写ってはいませんでした。

 私がミクちゃんの尻尾を見たのは前にも後にもこの二回だけです。その後ミクちゃんの尻尾がどうなったのかは私には解りません。けれどもミクちゃんが年齢以上に上手に、いろいろなことが出来るのです。それも不思議なことに、誰かがミクちゃんを見ているとそんなに上手には出来きないのです。ところが誰も見ていないところで、ミクちゃん一人で遊んでいるときにはとても上手にいろいろとできるのです。まるでミクちゃんの側に保母さんでも付き添っているかのようでした。私はきっと、あのミクちゃんの尻尾がミクちゃんのお手伝いをしているのではないかと想像しています。

 

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